2020年01月05日

横尾忠則氏の憤り。

昭和な人たちの軋轢。


寅さんの新作(50作目)のアイデアは、横尾忠則氏であり、それを「一切口外しない」まま、お正月映画は公開されたという。

なんでも、近所のソバ屋で偶然あった山田監督に、横尾氏はアイデアを話したのだとか。


近所のソバ屋とは・・・。
ふむ、小澤征爾氏のご贔屓の「あの店」か、私が行ったことのない高級店か・・・。

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私は、駅に向かう道を歩いている山田洋次氏を見かけたことがある。同乗の娘に、山田洋次監督だよと、話しかけたのを覚えている。数年前の出来事・・・。
現在、88歳とのことだから、80歳を過ぎた頃、老境著しいといった印象がある。

そういえば、駅前の喫茶店前で、鶴瓶氏を見たことがある。
たぶん、映画スタジオで「(吉永嬢との共演作品で)カンテツ(完全徹夜)」した後だったのかもしれぬ。髪の毛が「禿散らかっていた」のを同乗の娘と確認した。

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横尾氏は、TBSのラジオ番組のディレクターをした時に出会っている。

私が、ビエンナーレをコンクールと「言い間違えた」ら、「私はプロだから、コンクールには出品しません」と罵られた。
横尾氏にとって私は無名スタッフ。「そんなことは知っている。分かっている。言い間違っただけ」と反論をすることはできない。
ビエンナーレとは、2年ごとに行われる展覧会のこと。3年ごとは、トリエンナーレである。

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我が家は、石坂洋二郎小説でいうところの「日の当たる坂道」を下ったところにある。別の形容をするなら、黒沢映画「天国と地獄」における地獄にあるが、「定期購読の本を届けてくれる本屋」は同じである。

記憶は定かではないが、横尾氏は国分寺崖線にあったと記憶する。たしか、大江健三郎氏のお宅の近くかと。
一方の山田監督は、高級住宅地のど真ん中だったか・・・。


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posted by sponta at 00:00| 東京 ☀| Comment(0) | 芸術論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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