2019年12月31日

大晦日: 令和元年を総括する


今年もあとワズカということで、令和元年を総括する。



スポンタ通信は、というか、私のウェブ活動は以下。



・アパホテルの「近現代史の論文作成」。


 〜 4月に完成・提出。12月、残念ながら、落選する。



・フジテレビの重役たちに、「評価システム」の提案書を郵送。


 〜 残念ながら、リターンはない。



・「かいつま」という新語提出。


 〜「かいつまんで言う」の略。岡潔先生の言う「真如」。「本質・真髄」を短い言葉で表現すること。主旨は「反アカデミズム」。重要なことは「知識量」ではなく「実行」。「実行する時間」をひねり出すために、「かいつま」は不可欠。本を読んでいる暇はない。


その意味で、「かいつま」は「知恵」と同義。



反対語は「知識」。仇敵は林修(東大卒業生)氏やNHK週間こどもニュース出身の池上彰氏あたり。

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2019年12月30日

ラグビーとは、「自己超越」と「自己犠牲」である。

これは、2011年2015年の日本代表プロップ・畠山氏の言葉である。

つまり、まず、

・揺るぎない「ONE」になる。(自己超越)

つぎに、

・「ALL」のために尽くす。(自己犠牲)

ならば、

One for All. All for One.

などと、軽々しく言ってはいけない。
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2019年12月29日

槍は叩き、刀は突け。

歴史考証番組を観た。テーマは、「桶狭間の戦い」。織田信長が圧倒的な戦力差をもとともせず、雨中に奇襲。今川義元の首を召しとった。

番組は「定説を覆す」ことを目的とする。

織田軍は、長い槍を用いたが、「3メートルを越える槍」は「しなる」ので、正確に相手を「突く」ことができない。

そこで、「しなり」を利用して「相手を叩く」。

番組では再現が行われ、「槍で突く」兵士役が、「日本刀」の兵士に敗北する実験結果がえられた。
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2019年12月28日

伊藤詩織嬢のレイプ裁判につき・・・。

「未必の故意」。または、「密室の恋」だから、真実は分からない。

ただ、伊藤嬢側に立って、マスコミが報道・喧伝していることが、奇妙である。
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2019年12月27日

spontaのAPA論文、落選す。

APAホテルの論文懸賞に応募していたが、落選したことを知った。
12月に発表だが、入選なら「内示は10月頃に来る」と思っていた。だから、落選を覚悟したのは一月前。とっくのとうに諦めていた。

余談だが・・・、

(表向き)芥川賞は、築地の料亭での「審査委員の話し合い」によって決まる。

だが、昔、宮城まり子さん(吉行淳之介氏の同居人)から、こんなことを聞いたことがある。

池田満寿夫氏の「エーゲ海に捧ぐ」が芥川賞候補になっていた。

吉行淳之介氏は池田氏に、「最後の数ページをカットする」なら、芥川賞にすると電話する。

池田氏は「芥川賞が貰えるなら〜(何でも受け入れます)」と承諾した。


受賞の裏側には、いろいろなことがある。審査員が「受賞作を添削する」など、評価者(大御所)と被評価者(新人作家)の談合である。
カンヌ映画賞も同様で、ロベール・ブレッソン監督は「受賞を条件」に、作品を出品したという。同様なことを黒沢監督も・・・。

我が校長・今村昌平監督は、「楢山節考」と「うなぎ」でカンヌの最高賞を得ているが、二度とも、「受賞を諦め」早々に帰国し、授賞式に出席していない。

そのことは、今村昌平の作品が「政治力」ではなく、「作品力」によって栄冠を勝ち取ったことを表現している。

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2019年12月26日

〈もののあわれ〉を理解しているか?

【主旨】

〈もののあわれ〉とは、「無常」のこと。それは日本の伝統芸術に貫かれている美意識。「挨拶」で季節を話題にするのも、〈もののあわれ〉の表現である。

−−−諸行無常を説く「平家物語」は典型。

この美意識は、「日本ならで」はのもの。

一方、西洋では〈ひとのあわれ〉。人間の感情が「芸術の基点」。
−−−ギリシア悲劇の父子・兄弟の「感情・憎悪の物語」を想起すればよい。
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2019年12月25日

香川選手のインタビュー抜粋。(南野選手のリヴァプール移籍関連)


・日本は「もののあわれ」。(時の喪失感)

・西洋は「ひとのあわれ」。(感情の表現)

このことをサッカーから知ることができる。
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2019年12月24日

M-1グランプリはポストモダンした。

今年のM-1は、今年はじめてテレビで漫才をしたという「ミルクボーイ」が優勝し、賞金の一千万円を獲得した。

M-1の開催日が変更になったのは、正月番組の収録に間に合わせるためということだから、「ミルクボーイ」は正月番組に引っ張りだこ。寝る間もないだろう。


審査員の松本人志氏は、「今回の決勝に残った3組は、数年前だったら、どれも優勝していた」とコメントした。

そして、「ミルクボーイ」は、いままでの最高得点を獲得した。

ウェブには、「予選の審査員が変わった」。もしくは、「審査基準が変わった」との憶測があるが、そのような暴露はない。

そこでspontaは、次のように断言する。

・M-1は、近代主観主義の時代を脱し、ポストモダンに突入した。

その理由は、令和元年という改元により、日本人たちが「王政復古」な感覚になったから。


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2019年12月23日

知識と知恵の違い。

30年ほど前、広告代理店トップのD社の仕事で「ネスレ日本(当時はネッスル)の社内啓発用のビデオ」を作ったことがある。

訴求したのは、日本の生産現場ではすでに一般的だった「生産現場の品質管理の技法」・トヨタの「カイゼン方式」である。
オペレーター(日常従事者)とエンジニア(技術者)の垣根を取っ払うのは、「職制の侵犯」であり、マクドナルドに代表される「マニュアル方式」では、「あってはならぬこと」。

トヨタの「カイゼン方式」では、

・マニュアルは不完全な方がよい。

つまり、「マニュアルを改訂・改善すること」で日常従事者のスキルを底上げする。結果、

・(日常従事者による)故障(の発見) →(製造中断)→ (技術者による)修理

ではなく、

・故障の予兆(を日常従事者が発見) → (故障前の)事前の修理。

により、製造中断が回避できる。
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2019年12月22日

イチロー、学生野球資格回復制度研修会に参加する。

長島一茂氏は、アマチュア球界とプロ野球の関係が悪い現状を、イチロー氏が改善してくれるのではないか。と、発言した。

「ボクも生きたい」と発言したが、スケジュールは埋まっており、無理だった。
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2019年12月21日

フジテレビ・遠藤社長がラジオに出演し、低迷の原因を語る。

ニッポン放送のラジオ番組に出演し、フジテレビの視聴率低迷の原因を語ったという。

・ちゃんねるの「はじっこ」になった。

・保守。

・驕り。

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2019年12月20日

お花畑・中村哲(アフガニスタン医師)。



5ちゃんねるでは、アフガニスタンで殺害された中村哲医師のことを「お花畑」と形容している。その理由は、

・憲法第9条が、自分を守ってくれる。

と、発言していたから。

したがって、今回の事件は、「憲法第9条」維持派にとって痛手。

つか、北朝鮮の首領様がミサイルを発射する昨今、「非武装中立」を机上の空論と認めないのは「被洗脳者」である。
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2019年12月19日

中村哲(アフガニスタン医師)はモスクを作った。



旧知の松本徹三氏(元ソフトバンク重役)は、「私はグローバル派。国家主義に反対する」とTwitterで朗らかに書き込んでいる。

テレビや新聞を信じて疑わないなら、さらに、新聞人たちが誠実なら、そういう結論になる。
だが、現実は甘くない。


ストレートニュースなどで報じられているのは、「水争い」「利権」に巻き込まれて殺害されたのではないか? というもの。
「中村医師が、(現地人のために)モスクを作った」ことは、いっさい報じられていない。


もし、「中村医師が、モスクを作った」ことが報じられれば、アフガニスタンのイスラム勢力やイスラム革命政府(IS)を敵視する勢力から、標的になるのは当然である。


中村医師の逝去を受けて、公共放送は、2016年放送のドキュメンタリーを再放送した。

この放送を見れば、中村医師が「イスラム勢力に荷担している」ことが分かる。この番組を観た「9.11」の悪夢を忘れないアメリカの誰かが、彼の殺害を計画するのは当然である。

もしくは、「水利権によって殺害計画をした」と報じられるような実行者を、(暗躍する人たちが)人選し支援した。


2019年。
「中村医師がアフガニスタンにモスクを作った」という事実を伝えないマスコミは、「(何者かに)操られている」。

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2019年12月18日

(長すぎて)5ちゃんねるに書き込めなかった映画論。

今年60歳の私は学生時代。「歴代映画ベストテン」のトップにランクされていた「戦艦ポチョムキン」を見て、唖然・落胆しました。

「歴代映画ベストテン」のトップに「戦艦ポチョムキン」がランキングされたのは、フジテレビ「笑っていいとも」で「キムチ鍋」がランクインしたのと同じ原理。左翼者が「自らの理論をかさ上げする」ために、「ランキング上位にゴリ推し」した。

では、どうするか。

以下のプロセスを参考にしてください。


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2019年12月16日

西洋人は何故、生魚を食べず、こどもも酒を飲むのか。

日本では、「未成年の飲酒」の厳格化が進められている。「運転中の飲酒」の罰金もひところでは考えられないような高額。

ヨーロッパではどうなのだろうか。

かの地では、「食事での飲酒は当たり前」であって、ランチでのワイン。

こどもの飲酒もどうなのだろうか。(このあたりは、キリスト教の問題もあり、一概にはいえぬかもしれぬ)

その理由は、「民族の記憶」。
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2019年12月15日

若者が洗脳される系譜。

「教育」とは、現政権による「洗脳」である。

つまり、「教育」される内容は、「事実」とは関係がない。
つか、

・「発信されるもの」は、宿命的に「発信する人の都合」に従属する。

または、

・「発信されたもの」は、「(それを)伝播する人たち」を毀損するなら、「流通しない」。


そのような構造を理解せず、生データに当たらず「公式情報」に頼って生きていくなら、「人生は楽」である。
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2019年12月14日

「アヴェ・マリア」と「オー・シャンゼリゼ」。

幼い頃、テレビ・ラジオなどで「アヴェ・マリア」という歌を知る。

私はキリスト教徒ではないが、キリスト教にはマリア様という大切な人がいるとは知っていた。
そして、なんんとなく、「マリア様の名字は、阿部」などと勘違いした。

フランス後のavecが、英語のwithという意味だと知ったのは、二十歳を過ぎた頃だと思う。

そして、何故、「マリアとともに」という題名にしなかったのか? と不満に思う。


同様に、「オー・シャンゼリゼ」。

この場合の「オー」は感嘆符ではなく、英語でいうとat。
つまりは、「シャンゼリゼ通りにて」との題名にすべき。


誤解を生むような題名は避けるべきだと思うが、どうなんだろう。

クリスマスソング「ホワイトクリスマス」は、作曲者アービング・バーリンが、「真珠湾攻撃に憤慨して」、日本語訳を許さなかった。
「アヴェ・マリア」は古曲であり、著作権者の意見などない。なのに何故「アヴェ・マリア」のままなのか。
ニーチェというかリヒャルト・シュトラウスの「ツァラツーストラはかく語りき」が「ツァラツーストラはこう語った」に変わった今。「アヴェマリア」も「マリアとともに」になっていい・・・。

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2019年12月13日

田原総一朗氏が「終わっている」のではない。イデオロギーの時代が「終わった」のだ。

旧知の松本徹三(ソフトバンクの孫さんに携帯参入を提案し、重役に就任した元商社マン。SIM関連での発言もある)さんが、田原総一朗氏に(Twitterで)不平を言う。その発言は、

・日本(安部政権)は、韓国の文大統領が「次の選挙で勝てるよう」にすべき。

松本氏の言うとおり、まさに「バカな発言」。

そんなことをすれば、「我が意を得たり」と、「今以上に強行な政策を実行してくる」に違いない。
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2019年12月12日

新川優愛さんの都市伝説。(てまん)

5ちゃんねるを見ていたら、新川優愛さんの都市伝説として、「てまん」とあるのを知った。


「てまん」とは、手指を膣に挿入する性技である。

元KARAのク・ハラさんは、「指殺(ウェブによる誹謗中傷により自殺に追い込まれる)」されたが、この指技で「昇天する」女子もいるのかもしれぬ。

AVの場合は、この技法により「Gスポット」を刺激し、「潮を吹く」。ただし、この場合の潮は、塩辛くない。無味である。(・・・らしい)


新川優愛さんはロケバス運転手と結婚され、話題になった。

「虐げられた男たち」のヒーローと思われたが、ご相手は「イケメン」。ま、そんな感じ。
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2019年12月11日

中曽根康弘氏、逝去さる。

マスコミの論調は「巨星落つ」。だが、そうだろうか。

彼のあだ名は「風見鶏」。空気を読むのが上手で、瞬時に立場を変える。

実際の彼を知る人は、「海軍の時から、総理大臣になる」と公言し、その頃から政策を持つ。記者対応も厳しく、筋が通っていた。
改憲論者であった。


安倍首相も「憲法改正」を提唱しているが、「憲法改正」は婉曲語法なことを確認すべき。

「憲法改正」とは、「日本国は、軍隊を持たない」を修正すること。

発布当時は、「東西冷戦構造のまっただ中」。
昭和天皇も、このままでは「ロシア・中国から攻められる」と危惧したとか。同様なことを、進駐軍も考えたらしく、警察予備隊をつくり、その後、自衛隊に変化させる。

「非武装中立」は空虚な理想論なことを、昨今の北朝鮮の振る舞いは教えてくれる。

売春禁止法のある日本で、ソープランドが許容されており、ギャンブル禁止のはずが、パチンコ景品交換所が存在する。
憲法と自衛隊存在の矛盾ばかりではない。
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