2019年05月15日

娘、GWにソウルに旅行する。


家族とは一種の宗教団体である。

居ながらにして「出家?」しているし、幼少期から価値観を刷り込まれているのだから、当然のこと。

*

娘が中学の時、英語スピーチコンテストへの準備に取り組んでいる時のこと。

担任の女性英語教師が「あなたは親の言いなりになっている。あなたの主体性は無いの?」と毒つかれた時、「子とは、本来そういうものである」と達観した考えを娘が披露したのを印象的に覚えている。(もちろん、その場に私が居るはずもなく、娘からの伝聞である)

天才・早熟でなければ、「子供の自力」だけでコンテストを勝ち抜けるはずはない。

spontaは、「娘が経験したこと」から、英語スピーチコンテストで評価されるような出来事を拾い出し、日本語原稿を作り上げた。
私が、その時、娘に言い続けたのは、

・「お前は、作文が苦手なのではない」。

・「当事者は、起きたことを客観的に把握することができない」。

さらに、

・「現実をテキストにすることへの躊躇・恥じらいがある」。

それらを克服することが、第一。
お前も時期が来れば、「自分に起きたこと」を客観的に見ることができるようになるし、「発信することへの勇気」も生まれるはず。

作文とは、「弁証法」の一種である。

・話が「右に振れたら」、次は、「左に振る」。

それが、現実には「心の中の出来事」だったとしても、それではインパクトが弱いから、「現実に起きたこと」にする。

・「現実そのまま」では弱い。演出は必要である。

(伝奇小説家・山田風太郎は、学校の作文で父親を殺している。それを思えば、大したことはない)

なんてことを繰り返し繰り返し、娘に教授した。

つまりは、今回は便宜的に、スケジュールの都合上、父親の私が代行するに過ぎない。あくまでも、オーソライズするのは、娘。つか、娘が女優。spontaはシナリオライターであり、演出家・・・。

GWから初めて、原稿ができたのが、夏休みが始まる頃。英語原稿のチェックを担任女教師に頼んだ時の反応が上記。

3か月かけて、ほぼ毎日、spontaと娘が取り組んできたのだから、原稿が上出来なのは当然。
中学校2年の英語力で書けるような英文ではないから、担任英語教師の反応も当然のことである。

余談だが、三年後、ほとんど同じことを大学受験のAO入試の資料制作のために行った。


結果は、中学2年では審査基準が分からず惨敗したが、中学3年では東京都代表の4人に選ばれ、全国大会へ。娘は、「都大会の審査員長の講評シートでは、君が一番」と書いてあったとか。

続きを読む
posted by sponta at 00:00| 東京 ☀| Comment(0) | スポンタと娘…。(子育て論) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
ファン
 メッセージを送る
 このブログの読者になる
 更新情報をチェックする
 ブックマークする
 友達に教える
RDF Site Summary
RSS 2.0