2018年05月31日

「アト・ア・グランス性(ちら見性)」の重要性。




アト・ア・グランスとは、「ちら見」。ちらっと見る。一瞥できることである。




私はブログを書いているが、twitterに比べると「アト・ア・グランス性」は低い。


同様に、2時間の映画やテレビ番組に比べ、Youtubeの動画の「アト・ア・グランス性」が高い。




インターネットで、まとめサイトが見られる今、「オリジナルにも、〈ちら見性〉が求められる。


視聴者にとって、「閲覧のコストパフォーマンス(情報の価値/時間)」は重要である。



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2018年05月30日

関東学連の宮川君への処分は不適当である。


宮川君が「自分には、アメリカンフットボールをやる資格はない」と言ったのは、「反則をおかしたから」だけではない。
監督・コーチの指示にしたがわず、「記者会見を開いた」ことも含んでいる。

そもそも彼に「現役復帰の意志はない」。
そんな彼に、「1シーズンの出場停止」「反省文を書いたら許してやる」などという処分は笑止である。


宮川君は被害者である。
つまり、犯人の一味ではない。
「犯人に監禁された人質」の一人であって、「犯人の指示」によって、「暴行を強要された」に過ぎない。
そのことを被害者側である関学が明言しているのに、関東学連は、「理解が薄い」。


根本的な原因は、関東学連が「特異な指導体制を持つ日大アメフト部」を黙認したことが原因であって、まず、そのことを関西学連に対して詫びることから、はじめるべきだったろうに・・・。


アメリカンフットボールに魅力を失っている宮川君に、「寛大な処分」は無意味である。
「処分なし」にしてこそ、アメリカンフットボール界の度量を見せることができる。


日大も、アメリカンフットボール関東学連も、同類。

遵法を気にするアカデミストは、人の気持ちを理解しない。
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「いじめ」対策で取り組まれない「受け手の感受性の〈鈍化〉」。



「いじめ」撲滅に、教育界のみならず、行政、マスコミが取り組んでいるが、まったくもって、説得力のない施策ばかりで、信じられない。


まず、やるべきことは、




「いじめ」の実際を、


・「(加害者が)実際に行ったこと(行為 + 言葉)」と


・「(被害者の)精神的な被害(受け取ったもの)(肉体的被害 + 精神的被害)」を


切り分けること。




この分析は、フランス現代思想の〈表象〉理論に同じである。





〈表象〉とは以下。


モダニズムの文芸批評では、「思索批評」が最上とされた。つまり、「鑑賞者の主観」こそ素晴らしい。と。


だが、「鑑賞者の主観」は「作品」には関係ない。


作品は、「作品に書かれていること」で評価すべき。それが〈表象〉の方法論。




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2018年05月29日

純粋・村上春樹批判。(グルーヴは、うねりではない)


私は、当時の彼女から「風の歌を聴け」をすすめられて読んだが、何も感じなかった。

その後、「ノルウェイの森」に熱狂する後輩にもついていけなかった。

そのことは、「私の感性は、世間とズレテイル」と反省させた。


私はかならずしも「小説が嫌い」というのではない。

吉行淳之介の小説は読破しているし、司馬遼太郎もほとんど読んだと思う。面白いものは、面白い。
宇野千代の「おはん」は、傑作だと思う。

だが、村上春樹には、何も感じない。


さて、彼のエッセイに「意味がなければスイングはない」というのがあると知る。

元ジャズ喫茶のオーナーである彼が、「いい加減なこと」を言うから困る。


あとがきで村上は「ただの言葉遊びでこのタイトルをつけたわけではない」「この場合の『スイング』とは、どんな音楽にも通じるグルーヴ、あるいはうねりのようなものと考えていただいていい」と述べている。

× どんな音楽にも通じるグルーヴなど存在しない。

× グルーヴが存在できるのは、堅調な〈タイム感(メトロノーム)〉がある場合だけ。テンポルバートの音楽では、グルーヴはありえない。

× つまり、「うねりのようなもの」がグルーヴと考えている時点で、村上春樹は、「グルーヴを理解していない」。




ニューハード(ビッグバンド)出身の片岡雄三氏は、「ビートをバンドに預けると、グルーヴできない」と、体罰で全国的な知名度を得た日野皓正校長の中学生バンドで指導している。

この場合のビートとは、〈タイム感〉のことである。



「グルーヴは、うねり」などという「分かったような・分からないような表現」を使うのが、「文学者のやり方」だとしたら、愚劣である。


スウィングの明確・正確な定義をしない・できない。

・・・グルマン的(量を誇る)にジャズを鑑賞してきた人なのだろう。

スウィングとは、「クロノス時間からの微妙な乖離(カイロス時間)」である。それを、村上氏は分かっていない。




さらにいうと、「音楽は意味を表現しない」。
音楽が表現するのは、「意志」である。


ベルリオーズの幻想交響曲の最終楽章のように、「マリー・アントワネットの処刑に至るシーン」を時間を追って「意味」を表現するのは、陳腐。

ベートーヴェンの「運命」や「熱情」など、「意味ではなく、意志」を表現するに留めるのが、「芸術的」である。


村上氏は、モダニズムの人、知性の人であり、

spontaは、ポストモダン。anti知性の人。

二つの立場の違い。

破断的に、「キース・ジャレットは胡散臭い。ウィントン・マルサリスは退屈」などと言ってもらっては困る。きちんと形式批評してもらわなければ・・・。

ここにおいて、村上氏は、「革新を求める」というジャズの本質は分かっている。ただし、破断的に表現している。

私が解説するなら、
キース・ジャレットは、「大衆から支持されている時点で、革新なのかどうか疑わしい」。ウィントン・マルサリスは、「過去のジャズを追っているだけで、革新ではない」。



・・・な感じ。純文学のファンは、ジャズのファンとかぶっていると思ったので、あえて記述した。
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「人格」は、いかに形成されるか・・・。


娘が中学2年。

英語スピーチコンテストのために、原稿をつくり、英訳をした。目標が「全国大会出場」だったので、父親の私が主導権をとって、作文・英文化した。

監修してもらおうと、公立中学の英語教師に見せると、「親の言いなり」と批判された。

すると娘は、「こどもは親の影響下で育っており、自分の意見などありえない」と反駁した。担任教師に向かって、そのまま意見を述べたとは思わないが、娘は私にそう明言した。


私の指導プロセスとしては、「自由に作文」させて、それを「修正」して、「完成形」に近づけていく。というものだったが、あまりに「時間がかかった」ので、少しすると、私が「完成形」を提示して、その「構造」や「作成プロセス」を教えるというかたちになった。

作業は、ゴールデンウィーク明けから始まり、担任教師に監修を求めたのは9月。5分ほどの英文を作成するのに、4ヶ月ほどかかった。
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2018年05月28日

リラックスの意味。

 
アナハイム・エンジェルスの大谷選手が、パフォーマンス時に「リラックスすること」を心がけていると発言している。
だが、巷間、「リラックス」の効能が理解されているだろうか・・・。
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2018年05月27日

演奏時に、「身体を揺らすか」どうか。


「題名のない音楽会」の司会者だった佐渡裕氏は、楽器奏者がプロのオーケストラに入団すると、「身体を揺らさなくなる」と批判的に語ったのを印象深く覚えている。


この背後にあるのは、「プロのオーケストラの楽団員」の〈暗黙知〉として、「クロノス時間とカイロス時間の同時把握」が存在すること。

「身体を揺らす」と、演奏者は「カイロス時間」に支配されてしまい、「クロノス時間」を持つことができない。


※ クロノス時間とは、物理的な時間。(メトロノーム)
※ カイロス時間とは、感覚的な時間。(テンポ・ルバート)


若き日の小澤征爾氏がN響にボイコットされたのも、斉藤秀雄ゆづりのタイム感を無視した指揮が、楽団員から拒絶されたに違いない。−−−楽団員たちは芸術家。生意気や遅刻といった理由で、指揮者を拒否することなどありえない。

小澤征爾氏がサイトウ・キネン・オーケストラを結成するなど神格化した斉藤秀雄だが、この「誤り」を是正しないと、クラッシック音楽で身を立てようと思う若い人たちが「とまどう」・・・。
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2018年05月26日

椎野伸一先輩(東京学芸大学)。日本の音楽界をイノベーションしましょう。



私が高校1年の夏合宿。妙義山麓のひし屋旅館。

椎野先輩が芸大に合格して、現役生のために「ラ・カンパネルラ」を弾いてくれたのを私は印象深く覚えている。私はセカンド・クラリネットだったから、ピアノの近くにいた。盛り上がるトリルのところで、プラスックのカップがはじける音が偶然したっけ。

その時、顧問の松本成二先生が教えてくれたのは、椎野先輩が「入学後、最初のレッスンがテンポキープの練習だったので驚いた」こと。


私は、その時、何も分からなかった。
だが、娘が日野皓正氏に学び、グルーヴを知り、さらに菊池成孔の音楽理論に接すると、ようやく30年後に理解できた。

その結論は、

「クロノス時間とカイロス時間を同時に持つこと」こそ、最上の音楽家の〈条件〉であること。

だが、それは、巷間知られていない。

そのため、楽器奏者を中心に、「間違ったレッスン」が行われている。

先達が、自らが得たノウハウを後進に伝えないと、後進が先達を越えることはできない。「自ら体験して、覚えろ」と「教えない」のは、意地
悪なばかりか、非効率。


今では、スキージャンプで、V字ジャンプをしない人はいない。
若い人は、スキー板をそろえるのか、V字にするのかに「悩まず」、効果的なフォームで、最大不倒距離に挑む。
だが、音楽では、未だに〈奥義〉が暗黙知になっていて、若い人は「効率的なレッスン」ができない。
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2018年05月25日

不倫写真。「男は何故、手をつなぐのか」。


写真週刊誌。最近では週刊文春が、多くの不倫現場の撮影をあげている。

有名人・芸能人なら、対策を取るべきはずなのに、「手をつないで歩く姿」を撮られてしまう。
その理由について考察する。


AV男優のしみけん氏(法政大学合格も入学せず、クイズにも深い造詣。ゲイ雑誌の記者だったマツコデラックス嬢に「あんたは本気でAV男優を目指しなさい」とアドバイスされたエピソードがある)は、水道橋博士(明治大学に入学するも、一日も通わず)との番組において、次のように解説する。
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2018年05月24日

日大の内部統制はすごい。


ウェブでは、日大の理事長誕生には、広域暴力団が関連しており、当該コーチは、ホモビデオの出演歴があるという話題がもっぱらである。

元監督・コーチの記者会見に対して、リアルタイムで現役部員が「嘘ばっかり」と発言していることが報道されているが、大学当局は、「内部統制」がとれていて、「内部告発は一切ない」。

現役部員の心は、すでに、「監督・コーチから離れている」。そのことに気づかぬ、元監督・コーチは短慮である。
posted by sponta at 06:07| 東京 🌁| Comment(0) | メディアウォッチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「テレビがおもしろくない」批判の〈本質〉。


1990年代以降は、ポストモダンの時代である。

その事実を「モダンに属する人たち」が隠蔽したので、平成時代は「埋もれたポストモダンの時代」。

ちなみに、モダンの時代とは「主観主義」「進化主義」を言う。

ポストモダンとは、「客観主義」「相対主義」の時代である。


モダンの時代。

私たちは、「(個の)主観」を誇っていたが、ポストモダンの時代では、「(個の)主観」よりも「客観的」なこと・ものを求める。

そもそも「モダン」とは、西欧の世界侵略のための「思想武器」であり、一般的な妥当性を持たない。
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2018年05月23日

日大アメリカンフットボール部のニックネームは「フェニックス」。


昔、法政大学のラグビー部の人から聞いたエピソード。

篠竹監督が合宿所で鳥を飼っていた。

カリスマ監督は、鳥をとても可愛がっていた。

「鳥が死ぬと、監督の機嫌がどうなるか分からない」と選手たちは考え、鳥が死ぬと、新しい鳥を買ってきて、監督に気づかれぬようにした。

日大アメリカンフットボール部には、不死鳥。フェニックスがいたのである。



ちなみに、

篠竹監督のショットガンフォーメーション。

私は、「決め打ち」のパスでないところが、「行き当たり、ばったり」と感じて、好きではなかった。

posted by sponta at 20:17| 東京 🌁| Comment(0) | ネットウォッチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

宮川泰介君の素晴らしさは、「正直」だからではない。


彼のすばらしさは、「組織に殉じた」からである。

高須クリニックの高須氏が、宮川君に関連し、「彼は、高須グループが求める人材であり、彼が、海外留学をしたいなら、費用を出す」と発信している。
高須院長曰く、「正直者が好き」。

だが、それは間違っている。


宮川君の素晴らしさは、まず、試合で、「チームのために、自らを捨て」。

さらに、記者会見で、「日大のために、自らを捨てた」ことである。


「正直者はバカを見る」のであって、「バカ正直な人間」を組織にとっても不都合である。

だが、宮川君は、「自分の属した組織」のために、自らを捨てる勇気を持った。

そこが、素晴らしいのである。


若い人は、間違っても、「ワシントンの桜の木のエピソード」を信じてはいけない。
「真実を白状」しても、世の中に正義などないから、無為。
正直に振る舞うことは、「心の弱さ」の反映であって、人間は「良心の呵責」に耐えながらいきるべき。


宮川君には、「自分を捨てる」勇気があり、「他人を批判しない」という美風があった。

だから、評価すべき。評価したい。




捨ててこそ、浮かぶ瀬もあれ・・・。
posted by sponta at 20:07| 東京 ☔| Comment(0) | ネットウォッチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

宮川泰介君が、日大を救った。彼の輝かしい未来を応援する。




ポンキンカンと世間から卑下されていた日大を世間的に評価させたのは、学生運動家、秋田明大である。




今回、すんでのところで、日本大学を救ったのは、宮川泰介君である。

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posted by sponta at 06:04| 東京 ☀| Comment(0) | メディアウォッチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「花伝書」は間違っている。



花伝書では、「やる気を無くす」から、若い時期は「自由にやらせる」べきと説いている。

だが、それは間違っている。


「絶対音感」という特技があり、幼少期でないと収得できないことが知られている。


家を建てる時、「基礎が傾いていた」なら、どんなにすばらしい建築を建てても「無駄」。


「芸術の技能」も、基礎があって、応用がある。

基礎的な部分が「間違っている」まま、応用編に突入してしまうと、基礎的な部分を修正しづらい。というか、ほとんど不可能。
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2018年05月22日

DEPAPEPEの「ミュージックフェア」出演。


フジテレビの老舗番組「ミュージックフェア」にDEPAPPEが出演していた。

DEPAPEPEは、ギター・デュオのグループ。

歌わないから「ゆず」のような名声はないが、最上級の音楽を提供してくれる。

指揮者の山田和樹氏、イーストマン吹奏楽団のマーク氏などは、メトロノームは「機械的な音楽」であって、人間は「自由なテンポ」を操らなければならぬと、発言するが、それは間違い。

DEPAPEPEは、メトロノームにあわせて、エモーショナルな演奏を実現する。


ポピュラー音楽が、「クリック音」をもとに、重ね合わせながら録音を行っていることを思えば、山田和樹氏の発言は明確な間違いである。


「ミュージックフェア」では、西野カナとMIWAのバックとしてDEPAPEPEが演奏していた。

彼らが演奏していることに感激した人がどれほどいるのか・・・。

ちなみに、我が娘は、音だけを聞いて、「DEPAPEPEでしょ」と言い放った。
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2018年05月21日

「現代の職業生活でもっとも重要な変化は何か・・・」

という問いに、

ピーター・ドラッカーは、

「テクノロジー」でも、「グルーバル化」でもなく、「平均余命のめざましい上昇」

と指摘している。


そか。

「サザエさん」の世界は、前・近代だったのか・・・。
と、ふと思う。


「サザエさん」は、時代劇なのである。

2018年05月20日

ヌードの美術展(横浜美術館)


ロダンの「接吻」が来ているというので、見に行こうかと思い娘を誘ったが、「体調不良」で延期になった。
そこで、ヌード(象徴の媒体としての裸体)とネイクド(単なる裸体)について、短く解説した。

それは、

・形態論

・意味論

・擬人化

・機能論

・中世のキリスト教的世界

・グリム童話(民話の機能)

・ギリシア文化(神話の機能)

・エロとしての実用性

について。

以下に、概説する。
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2018年05月19日

「星野源に似ている」の言葉狩り。


日本社会の問題は、「クレーマーに対して、巷の人たちが反発しないこと」。

セルバンテスの「ドン・キホーテ」ではないが、「自らが生きやすい」ことを優先して、「世の中と戦わないこと」は、狂気である。


性犯罪の容疑者が逃走し、「容疑者の情報」を発信するにあたり、「歌手・俳優の星野源に似ている」とのテキストを採用したら、「不適切」との投書があり、当局が反省し、今後は同様の発信をしないと発表したという。
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2018年05月18日

サッカー協会会長・田嶋氏は間違っていない。


ハリル監督の解雇につき、「コミュニケーションに若干の不備があった」と、解雇理由を公開した田嶋会長に批判があがっている。

直近の2試合で「ワールドカップに出場できなかった国」に勝たなかったことを理由にすべき、と。
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posted by sponta at 00:00| 東京 ☁| Comment(0) | メディアウォッチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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