2018年04月05日

「きらくら(気楽にクラシック)」にメッセージを送る

ジャズ、クラッシック音楽の低迷の原因は、当事者たちの「相互不可侵」的なコミュニケーションのために、観客に「最上の音楽」が届けられなくなったからである。

と私は確信している。

つまり、自分たちの「所属音楽家」をプロモートするだけの「芸能ビジネス」。
それを追随して「ほんとうに素晴らしい」のは何かをつたえない「メディア」がイケない。




私は、「父が、カラヤンや小澤征爾を貶す」理由が分からなかった。
そして、老齢の指揮者カール・べームに対する称賛の意味が分からなかった。

だが、それから50年ほど経ってようやく分かる。

・小澤征爾氏には「タイム感」がないこと。
・「楽団に君臨する」カラヤンの演奏は、「グルーヴできない」こと。
・カール・ベームは「楽団員に君臨しない」から、観客にとっても魅力的な「グルーヴ(コール&レスポンス)した演奏」を実現していること。




番組でとりあげられるようなメッセージではない。
とはいえ、MCのふかわりょう氏と現役演奏家の彼女が読むことは確かだろう。
もちろん、NHKのスタッフも読む。

ならば、それでよいとのことで、番組のサイトにメッセージを書き込んだ。

https://www4.nhk.or.jp/kira/



私は「タイム感」について研究しています。「タイム感」はメトロノーム感覚。テンポルバートでも、「小節の中の一つ一つの拍の長さ」は一定であるべき。

しかし、小澤征爾さんは「タイム感」がない。「題名のない音楽会」で山田和樹さんは「インテンポはすべての音楽に存在しない」と「拍の概念を否定」。だが、それは彼に「タイム感」がないから。
クロノス時間とカイロス時間のふたつの感覚を持ち、グルーヴすれば、情趣に満ちた演奏ができる。

具体例は、単独の演奏でも連弾に聞えるグレン・グールドやリヒテル。ヴァレンティーナ・リシッツァです。

西洋音楽の本質は「拍・調性(主音)」の共演者と観客の共有。「楽曲名に調性が明示されている」のはそのため。一方、日本人の音楽感覚は「間」。拍の概念がない。

毎回気になるのは、オープニングの「子犬のワルツ」。冒頭の拍の乱れが気になってしょうがありません。ご一考されませんか?
posted by sponta at 07:13| 東京 ☀| Comment(0) | メディアウォッチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

光進丸、炎上。加山雄三氏の人生のクライマックス。




多額の借金を繰り返してきた加山雄三氏が守り続けてきた船・光進丸が炎上した。

80歳を過ぎ、これから7つの海を航海しようと計画を立てていた矢先の出来事であり、彼の悲運を思ってやまない。

羽田空港で記者会見があった晩の11時頃、成城の彼の自宅の前を車で通り過ぎると、普段は消えている玄関灯が点いていた。

そんなことを妻に話すと、意外な答えが返ってきた。



「大切な船を失うようなことでもないと、今生への思いが断ち切れず、死んだ時に成仏できない」。



妻の発言に、思わず唸ってしまう。



私のように、無名のまま人生。経済的にも恵まれていないなら、突然「人生に終わり」が来ても、(家族への申し訳ない気持ちはあっても)今生に執着はないから、成仏は容易だ。

だが、容姿・数々の才能・機会・運に恵まれた彼が、「死を受け入れる」のは、なかなか難しい。

ならば、今回の「喪失」は「人生の最期」を受け入れるためには、けっして悪いことではない。




思い出すのは、松田優作氏の急逝。

とりわけ向上心の強かった彼が、映画「ブラックレイン」に出演し、ハリウッド進出が目前な状況で早世した。

彼の無念さは限りない。



加山雄三氏が「苦難の人生だった」と自らの人生を振り返ったとしても、脚光とは無縁な人生を歩む「多くの無名氏」は苦笑いするしかない。

光進丸は失ったが、彼の人生は「輝いている」。私たち、一般人とは次元が異なる。



嫉妬ではなく、憧れと尊敬をもって、彼を見上げている。
posted by sponta at 00:00| 東京 ☀| Comment(0) | メディアウォッチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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