2018年02月28日

須藤凛々花さま。大学で哲学なんか、おやめなさい。

国民的なイベントで「結婚宣言する」など、勇気ある? 発言をしている凛々花さん。哲学科のある大学に受験し、浪人生活をするとか。

はっきり言います。

「哲学なんか、おやめなさい」。




世田谷区出身で、町田高校出身。私も世田谷区に住んでおり、同郷のよしみというのもあるので、本質的なことを指摘しておく。

・哲学とは、「存在論 + 処世術」で成り立っている。

哲学者たちは、「存在論」で人々を納得させることができないので、「処世術」で人々の気を引き、自分たちは「崇高である」との印象を周囲に持たせて、自己拡大をしているだけ。

プラトンやアリストテレスにしたって、「存在論」を証明できていません。
つまり、「何故、この世界はあるのか?」「自分は何なのか?」の問いに答えられない。




それなら、ヒストリーチャンネルで「古代の宇宙人(神話に登場する神々は宇宙人だと説く)」を観たほうが、よっぽど役に立つ。




凛々花さんが尊敬する哲学者が「ニーチェ」というのは、笑止です。

ニーチェの有名な言葉は、「神は死んだ」。これは、中世的な「キリスト教の神」に価値はないと達観したのであって、「キリスト教的な神」を信奉していない私たち日本人には、何の意味もありません。

つまり、
要素還元論を勉強していない人には、不確定性・複雑系の理論が必要ないのと同じ。

わかりやすく言うと、
アンチ巨人は、巨人ファンがあってこそ成立する。



ニーチェの言葉から、近代(モダニズムの時代)が始まって、「人間の思惟」が、「キリスト教の神」の代わりを務めるはずでしたが、「人間の思惟」の先に「この世界&人間の存在が証明される」という実存主義の目標は達成されませんでした。




ニーチェや、サルトルの言葉を引っ張り出して、人々を煙に巻きたい。そのために、哲学を勉強するなら、「目標」がはっきりしているのでよいのかもしれません。

しかし、「哲学」によって、人生を究めたいと思っているなら、「およしなさい」。



学生の基本は「過去の学問を継承すること」が前提であり、「自分の頭で考える」資格はありません。
日本人に「哲学者」が存在しないのも、それが理由。つまり、オリジナルな理論を提出できる「場」はほとんど存在しない。

マクルーハンは「アカデミズムは、活字が規定する」との名言を残していますが、「(活字化された)過去の学者の理論」の処理がアカデミズムの実相です。




さらにいえば、1990年代以降、モダニズムの学問は、すでに時代遅れのものであり、その中に、「哲学」も含まれます。

学問そのものが、「知識(の量)」を誇る体系であって、「本質」を追求することを目標としてはいません。



アイドルが「大衆を洗脳するツール」なら、アカデミズムも同じ。

「アイドルから哲学者・アカデミストへの転身」は、「通俗の極み」。


「あら・あら・・・」という感じ。

もし学ぶなら、「認知心理学」、「情報学」「文化人類学」あたりではないでしょうか。



私は、この結論に到達するのに、30年以上かかりましたが、同じ手間を若い人たちに負わせるのは可哀想と考え、このような記事を書いています。

エゴサーチで、須藤凛々花さん本人がこの記事を読むことはないのかもしれませんが、彼女のファンの人たちのお目に留まれば、それでよいでしょう。
posted by sponta at 09:00| 東京 ☀| Comment(0) | メディアウォッチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年02月27日

ジャズの定義:「テンポ・和音・旋律の共有」をもとにした自由な音楽。

新しい人との出会いがあり、数時間を一緒に過ごすことがあった。いつしか話題は音楽になった。




日本の音楽シーンは、アイドルグループに席巻され、「本物の音楽」の居場所はないと、私は嘆いてみせた。


「客観的で、妥当性がある評価」には、〈分類〉が重要だと指摘する。「握手券目当てのCD販売」と「それ以外」を別にして、ヒットチャートを作らなければならない。

しかし、「低品質の音楽」をトップランクにしていることが明らかになるので、実行されない。




グラミー賞が、多くのカテゴリーで構成されるのと同様に、日本のミュージックシーンも、細かくカテゴリー分けしなければならない。

そのカテゴリーの「定義」こそが、「分類」であり、「評価基準」だ。




たとえばジャズ。

その定義は以下になる。





「(ロックは〈抵抗〉の音楽だが、)ジャズは〈挑戦〉の音楽」。

               (原信夫)


・・・ジャズは、ジャストビートではない音出し(グルーヴ)。テンションノート(不協和音)、リハーモニゼーション(和声の変換)、メロディーの変奏などで、過去の音楽を土台に新しい音楽を目指す。




「ジャズとは、演奏者・共演者・観客の間の〈タイム(メトロノーム)〉・〈ハーモニー〉・〈メロディー〉の共有を基盤とした、自由な音楽である」。

               (スポンタ)


・・・ジャズのインプロビゼーションは、クラッシックの変奏曲(きらきら星変奏曲など)とは異なる。




新しい人と話をする場合、「なるべく短く」「専門用語を使わないで」「わかりやすく」説明しようと努める。


その作業は、とても貴重な機会。

出会いに感謝している。




因みに、「音楽」とは「音を楽しむこと」と理解する人が多い。


だが、この場合の「楽」とは、楽市楽座の「楽」の意味。つまりは、「(座という同業組合に縛られず)自由であること」であろう。
posted by sponta at 00:00| 東京 ☀| Comment(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年02月26日

オリンピック選手の言葉は、先端精神医学の結果である。



冬季大会のメダリストたちのコメントは一応に、「関係者への感謝」「応援への感謝」がまずあり、ライバルたちへのリスペクトが続き、最後に、「ベストを尽くしたこと」を吐露している。

長野オリンピックで金メダルを取った清水保宏氏の当時のインタビューが素晴らしく、「ひょっとして、新興宗教の信者ではないか・・・」と疑ったこともあったが、そうでもない。

結局のところ、彼らのコメントは、競技者としての「平常心」を維持するための、「認知心理学」「精神医学」の研究結果に沿っている。続きを読む
posted by sponta at 00:00| 東京 ☀| Comment(0) | メディアウォッチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年02月25日

日本人にとって、オリンピックは小さな戦争ではない。

女子フィギュアーのロシア少女(ザギトワ・メドベージェワ)が、「スポーツは、小さな戦争」とインタビューで語った。

何も考えないでいると、「スポーツは、命の取り合いをしないだけの戦争」だと納得してしまう。

だが、それは間違っている。



続きを読む
posted by sponta at 00:00| 東京 ☀| Comment(0) | メディアウォッチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年02月24日

岡潔先生を扱うドラマ「天才を育てた女房」。

主演は天海祐希。岡先生は、佐々木蔵之介が演じる。

岡先生についての記事は、以下が詳しい。

http://www.geocities.co.jp/CollegeLife-Lounge/6251/kouen.html



結局のところ、昨年、アインシュタインの伝記ドラマを、ナショナルジオグラフィックがやっていたし、アラン・チューリングやホーキングの映画があったり、天才系の才能の伝記ドラマ・映画の一環で、岡潔先生がドラマ化されたに違いない。

ドラマは、岡先生の妻を主軸に展開していく・・・。



岡先生は、単なる数学者ではない。
晩年は、以下の境地に辿り着いたとか・・・。



感情=自分がうれしい、自分が悲しい
真情(日本の心)=人と自然の喜びを共に喜び、悲しみを悲しむ
 
知識=知識は多ければ多いほど良い
真如=真理は一つ(万物はつながっている)
 
競争心=人に勝って自分が喜ぶ
向上心=自分に勝って人を助ける




このブログの読者なら気づかれるだろうが、モダニズムの否定。ポストモダン論を岡潔先生は説いていた。



岡先生は、数学での業績を基に、真理に到達しようとしたが、その実際は、何のことはない「陰謀論」と同じ。

私は「陰謀論」に連なるが、京都大学の学籍やフィールズ賞の弟子もいないから、「無名」のまま、社会から無視された存在でいつづける。




岡先生は、数学者でありながら、最晩年の講義が「日本民族」だったのは、秀逸なエピソードである。




奈良女子大退官後、京都産業大学の教授となり、「日本民族」を講義した。

晩年の主張は超高次元の理想である真善美妙を大切にせよというもので、真には知、善には意、美には情が対応し、それらを妙が統括し智が対応すると述べた。一方で日本民族は人類の中でもとりわけ情の民族であるため、根本は情であるべきとも語った。また日本民族は知が不得手であるため、西洋的なインスピレーションより東洋的な情操・情緒を大切にすることで分別智と無差別智の働きにより知を身につけるべきと提唱している。さらに現代日本は自他弁別本能・理性主義・合理主義・物質主義・共産主義などにより「汚染されている」と警鐘を鳴らし、これらを無明と位置付け、心の彩りを神代調に戻し生命の喜びを感じることで無限に捨てるべきと述べた。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B2%A1%E6%BD%94


この場合の「日本民族」とは、「自給自足系のスピリット」であり、ケルト・アメリカインディアン・アボリジニなどと同じ。

合理主義のアメリカだが、血縁主義が遺っていて、血族のルーツに、アメリカインディアンがあると尊敬されるのだとか。アメリカでも、「自給自足的なスピリット」へのリスペクトは、人々の心の底に残っている。
posted by sponta at 07:30| 東京 ☀| Comment(2) | メディアウォッチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年02月23日

久米宏氏は間違っている。


マスコミで発信力のある人が、間違っていることを言うのはマズい。

間違っていることが分かったら、誰かが訂正してあげないと、多くの人が誤解してしまう。

つーことで、この記事でも「間違いを修正する」。続きを読む
posted by sponta at 00:00| 東京 ☀| Comment(0) | メディアウォッチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年02月22日

日本代表になると「5枚の感謝状」を発行する。



フジテレビの番組『ジャンクスポーツ』で、日本代表の槙野選手が、日本代表になって行ったことを告白した。



感動したのは、「日本代表」には「感謝状とペナント」を発行するシステムがあること。

「日本代表になった選手」は、自分を育ててくれた指導者5人に「感謝状」を発行する。
続きを読む
posted by sponta at 00:00| 東京 ☀| Comment(0) | メディアウォッチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年02月21日

小柳ルミ子さんの正しさ。(インタビューとは何か)

彼女は、「インタビューではなく、彼に言いたいことがある」とはっきり言う。

私は、それこそが「コニュミケーションの理想型である」と認識する。




ビッドコインに限らず、私たちは「仮想(共同幻想)」を元に暮らしている。

だから、大竹まこと氏のインタビューの時のように、当人から、「それ、本当に聞きたいんですか? どうしても、というなら話してもいいですが?」と、計算高く問われると、(自分は強く思っていないから)返す言葉がない。

インタビュワーたちは、社会という「仮想」をもとに仕事をしている。そこを「狡猾な大竹氏」は突いた。
続きを読む
posted by sponta at 00:00| 東京 ☀| Comment(0) | メディアウォッチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年02月20日

蹴旅・小柳ルミ子さんの話を鵜呑みにしてはいけない。

年間3000試合を観るというルミ子さん。

彼女のすごいところはグルマン的(数・量を誇る)に観戦するのではなく、試合から「意味」。彼女の場合は、「選手の心理」を抽出しようとするところ。

とはいえ、「間違っている」ので、これをサッカー少年たちが信じるとマズイので指摘する。



正しくは、

サッカー選手は、「プレー&プレー以外」で、「自分がやりたいこと・自分の理想のサッカー」をアフォーダンス(意味を表出)せよ。

その上で、自分の選択(パスorドリブルorシュート)に説得力を持たせること。

具体的には、

練習では「すこし強引・傲慢」に。
試合では、「すこし控えめに・謙虚に」。

・・・ということか。
続きを読む
posted by sponta at 00:00| 東京 ☀| Comment(0) | メディアウォッチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年02月19日

アカシックレコードとは、宇宙意識である。

アカシックレコードは、人類のすべての記録・知識の集合体である。
「時間の概念」はないから、「過去・現在・未来」のすべてがそこにある。次元も越えているから、「宇宙意識」とも呼ばれる。



「閃き」「占い」「予言」・・・。

それらは、アカシックレコードの情報を獲得することだという。

続きを読む
posted by sponta at 00:00| 東京 ☁| Comment(0) | メディアウォッチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年02月18日

ダーウィンの「自然淘汰」では、「人間が毛皮を捨てた」のかを説明できない。


批判的読書・クリティカルリーディングが重要だと言われるが、「そうもしていられない」というのが現実。

たとえば、学校でも教えられるダーウィンの「自然淘汰」説。突然変異が起きて、「環境に適応してた〈種〉」がサバイバルしていく。

−−−だが、それだと、人類が「なぜ、毛皮を脱いだ」のか。「衣服が必要になったのか」を説明できない。


※ 聖書では、「神は自分に似せて人類を創った」というが、神は宇宙人なのだろうか。
続きを読む
posted by sponta at 00:00| 東京 ☁| Comment(0) | メディアウォッチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年02月17日

「佐渡裕、評判」で検索すると・・・。


10番目に、「佐渡裕氏は3流の指揮者である」がランクアップされている。




3流の意味は、カラヤン先生の言葉による。




指揮者が興奮して、演奏者が興奮するのが三流。
指揮者が冷静で、演奏者が興奮するのが二流。
指揮者も演奏者も冷静で、観客が興奮するのが一流。




しかし、本当の佐渡氏の欠陥は、上記ではなく、「タイム感の欠如」である。


私は、これまで、以下のように、佐渡氏関連の記事をあげている。






【佐渡裕氏関連記事】

2010年05月03日 題名のない音楽会に佐渡裕氏のダメさを思う。

http://sponta.seesaa.net/article/148481751.html

※ 佐渡氏のタイム感のなさを指摘・批判している。



2017年10月06日 朝令暮改: 佐渡裕氏擁護論。(タイム感について)

http://sponta.seesaa.net/article/453694811.html

※ 佐渡氏のタイム感の欠如は、師のバーンスタイン、小沢征爾に共通するものであり、佐渡氏に責任はないと指摘している。
※ 小沢征爾氏のタイム感の無さも、彼の師である斎藤秀雄氏に問題があると指摘している。



2011年07月05日 「佐渡裕氏は、三流の指揮者である」。

http://sponta.seesaa.net/article/213021592.html

※ 佐渡氏の本質的な欠陥について、この時点で私は気づいていない。



2008年5月31日 佐渡裕を見出した音楽界の誠実。

http://sponta.seesaa.net/article/98522523.html

※ 佐渡氏を讃美している。




佐渡氏の関係者からのコメントはない。


つか、「同意」のコメントもある。







三ツ橋敬子さんのグーグルでは、3つ目にわたしの記事がある。




この記事において、私は、三ツ橋さんの「タイム感の無さ」を指摘しているが、そのことに(なんとなく)気づいている(でなければ、振らない指揮者を讃美するはずがない)彼女をリスペクトして、将来に期待している。




いまだかつて、日本音楽界の「タイム感の欠如」に対して、反論する人がいない。


平成も終わろうとしているのに、残念。


これでは、現状は変わらない。


「対話・論争」の中から、真実が現れるというのに、古めかしい音楽に興じる人たちは、「対話を拒んでいる」。

posted by sponta at 12:05| 東京 ☀| Comment(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

親友とは・・・。

親友という言葉の響きは、どこか嘘くさくて嫌だ。
娘は、友達歴、○○ヶ月と言うのだとか。



「転校して一人ぼっちの私に声をかけてくれた」と感謝した女の子の話があった。

続きを読む
posted by sponta at 00:00| 東京 ☁| Comment(0) | スポンタと娘…。(子育て論) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年02月16日

(ラーメンにおいて)「背脂」と「鶏だし」は似合わない。

街道沿いに、京都由来の背脂ラーメンの店があったので寄ってみた。

先日、千駄ヶ谷の「ホープ軒」が美味しかったので、期待したのである。


・・・だが、残念ながら、期待は裏切られた。続きを読む
posted by sponta at 00:00| 東京 ☀| Comment(0) | リアルウォッチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年02月15日

NHK−Eテレ「ヒトの秘密」の意味不明・・・。

http://www4.nhk.or.jp/diamond-hakushi/

かつて、
マイケル・サンデル教授が話題になったが、今回は、進化生物学者ジャレド・ダイアモンド教授だという。

番組紹介サイトでは以下。


世界的ベストセラー『銃・病原菌・鉄』で知られる進化生物学者ジャレド・ダイアモンド博士が、アメリカ・ロサンゼルスで、若者向けに行った特別授業を12回にわたって放送。ヒトと動物の違いと共通点に注目し、言語やアートの本質、夫婦の不思議、そして、なぜ人間の間で格差が拡がってしまったのかを考える事によって、環境破壊や、戦争と大量虐殺など人間が抱えている問題について、解き明かしていく。

続きを読む
posted by sponta at 00:00| 東京 ☀| Comment(0) | メディアウォッチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年02月14日

トイレを出て、「ら・ら・ら」を歌う私。


無臭タイプの防臭剤が登場して、使っていたのだが、ケミカルな感じが嫌になり、我が家では、最近ではあまり使わなくなった。

とはいえ、娘に「毛虫のついたキャベツ」と「農薬のキャベツ」はどっちがいいかと聞くと、「毛虫のついてないキャベツ」と即答である。



ということで、貧乏暮らしの我が家。トイレはひとつだから、時として、「芳しい臭い」と出会うことがある。



そんな時は、私は、大黒摩季の「ら・ら・ら」の冒頭を口ずさむ。サビはみんな知っているだろうが、冒頭はこんな感じ。

「なつかしい臭いがした。(スミレの花時計・・・)」



「なつかしい臭い」とは、動物園や牧場に漂っている臭いである。
posted by sponta at 00:00| 東京 ☁| Comment(2) | リアルウォッチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年02月13日

ブログのタイトル変更。スポンタの「ポストモダン通信」 スポンタの「ポストモダン通信」

モダン:「主観&進化論」の時代。 1990年〜:「客観&相対」の時代。



ブログのタイトルを、「スポンタ通信2.0」から「スポンタのポストモダン通信」に変更した。

「○○通信」というのは、小説家・長部日出雄氏に「紙ヒコーキ通信」というのがあったから。
「紙ヒコーキ通信」は、彼の映画評をまとめたもの。私は契約者で、数ヶ月に一度、封書で印刷物が届いていた。

長部日出雄氏は元雑誌編集者で、吉行淳之介氏から「刀ではなく、斧の切れ味」と評された。
続きを読む

2018年02月12日

私のライフハック: 携帯ハサミ。

1日に一度も、袋を開けないことがあるだろうか。

だいたいの場合、袋には「切れ目」がついていて、素手で開く。
ハサミなど必要ない。

だが、だが・・・。である。



「切れ目」のところが、いつも最適と限らない。

そこで、ペンタイプの「携帯用ハサミ」の登場である。

https://www.amazon.co.jp/%E3%83%97%E3%83%A9%E3%82%B9-%E6%90%BA%E5%B8%AF%E3%82%BF%E3%82%A4%E3%83%97-%E3%83%95%E3%82%A3%E3%83%83%E3%83%88%E3%82%AB%E3%83%83%E3%83%88%E3%82%AB%E3%83%BC%E3%83%96-%E3%83%84%E3%82%A4%E3%83%83%E3%82%AE%E3%83%BC-34-572/dp/B0173688DY



私の場合。
肩こり防止用のストラップ(首から下げる紐)の先に「携帯用ハサミ」をぶら下げることにした。



ポテトチップなど、横(水平)に切りたいのに、縦(垂直)にしか袋を切れないことがある。だが、「携帯用ハサミ」を使えば問題なし。

残りが少なくなった時も、袋をカットすれば、最後の一枚や、残りカスも完璧に胃袋に収納することができる。



たいしたことはない。

しかし、人間の幸福感は、こんな些細なことの集積ではないのか・・・。
posted by sponta at 00:00| 東京 ☁| Comment(0) | リアルウォッチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年02月11日

映画雑誌「映画芸術」のベスト10・ワースト10が発表された。

というのが話題になるのがおかしなことで、このランキングは、編集長の荒井晴彦氏(シナリオライター)の個人的事情の反映・ルサンチマン(怨念)でしかない。




荒井氏はともかく、


クリエイターは、「自らの主観・感性」を誇り、


映画会社は、「商業主義」に徹する。


その二つに接点はない。




結果、「興行的な成功」を志向するクリエイターは、同業者たちから批判され、「難解」が評価される。


だが、「難解な作品」は多くの場合、「意味不明な作品」。求められるべきは、「難解さ」ではなく「深さ」である。
続きを読む
posted by sponta at 00:00| 東京 ☁| Comment(0) | ドラマ・映画・演技 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年02月10日

「哲学」とは、「存在論」+「処世訓」である。


「哲学」という表現は「かっこいい」が曖昧な形容なので、初学者は「煙に巻かれてしまう」。・・・やってはいけない。




ラジオを聴いていたら、物理学・天文学・生命科学の最先端は繋がっていて、「哲学的な問題が広がっている」と話していた。

この場合の〈哲学〉の意味は、〈存在論〉である。

〈存在論〉とは、「ここはどこ?」「私は誰?」の問いに答えること。
中世では、宗教が「その問いに答えた」。
続きを読む
ファン
 メッセージを送る
 このブログの読者になる
 更新情報をチェックする
 ブックマークする
 友達に教える
RDF Site Summary
RSS 2.0