2017年08月31日

「奇皇后」、全51回を見終わって。

全50回を飽きさせずに魅せる。かなりの実力である。

作品冒頭には、史実を元にしているが、それにとらわれずに大胆に創作したとある。

叙事詩ではなく、ドラマ。

これは重要である。続きを読む
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2017年08月30日

医療情報も、信頼できる相対評価が流通していない。

娘が出張した。

帰路の地方空港で、娘は公園デビューの頃に毎日のようにあっていた幼なじみの男の子のお母さんと17年ぶりに逢った。小学校入学前に彼女たち一家は転勤で故郷に帰っていたのである。

この春(卒業直前)大学のメディアセンターで、幼少期を撮影した8ミリビデオをDVDに焼き直した。それをプレゼントしていたのである。

男の子のお母さんは次男を出産されたが、その後、ハンディーキャップがあることが分かった。それからは次男の子育てにかかりっきりで、娘が送ったビデオを観て「長男の子育てもちゃんとやっていたんだ」と涙したという。


娘が出張から戻ったタイミングで、私は彼女に電話をした。私も17年ぶり。ようやく子育てが終わったよね。そんな話をした。
次男もこの春、めでたく介護系の職場に就職したという。続きを読む
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2017年08月29日

メディアゴンに記事が掲載される。

日本放送作家協会の理事さんがやっているサイトから原稿依頼がきたので原稿を送ると掲載された。

http://mediagong.jp/?p=23633

http://mediagong.jp/?p=23707


投稿者の自己紹介には次のように書いた。


マスコミが「ネガティブ情報&比較情報」を発信・流通できない現状に嘆き、ウェブからのイノベーションを模索している。
テーマは「プロフェッショナルの暗黙知の形式知化」「形式批評(評価基準を明確にした吟味)」。

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2017年08月28日

ディドロの芸術論。

私は、放送大学の青山昌文教授(美学・芸術学)のファンである。

青山教授が敬愛するディドロは、フランス啓蒙時代の哲学者・美学者である。
ディドロは「関係性の美学」を提唱し、「私が存在しようが、しまいが、ルーブル宮殿の美しさは変わらない」と、ドイツ観念論的な「主観主義の美学」を否定した。


クリティカルリーディングを専らとする私だが、青山教授のファンなので、その話を信じてしまった。

しかし、そう単純ではない・・・。
こんなことを考えた。



アルプスの少女ハイジが、ルーブル宮殿を観たらどうだろう。果たして「美しい」と言うだろうか。

原作のハイジは分からないが、宮崎アニメの主人公なら、「こんな建物より、アルムの山々のほうが素晴らしい」と言うに違いない。
そもそもバロック様式は「ゆがんだ真珠」という意味であり、過度の装飾を意味する。

フロイト的な「個人」主義な心理学ではなく、ユング的な「集団」主義的な心理学でなければ、「私が存在しようがしまいが、ルーブル宮殿の美しさは変わらない」とはならない。




そんな反論を青山教授にぶつけてみたいが、無名な私では無理。残念である。
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2017年08月27日

下重暁子さんの勘違い。

TBSの番組を観ていた。
彼女はベストセラー作家だという。私は著作を読んだことはない。だから、本も読まないで批判している。そんな軽薄な輩と唾棄してもらって構わない。

しかし、エクリチュール(テキスト)よりもパロール(話し言葉)の方が要約されているのだから、パロールで納得できないなら、それで批判されても仕方がないと私は考えている。続きを読む
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2017年08月23日

「オオカミ少女と黒王子」(2016)を観る。

なかなかの秀作−−−。

説明セリフは少なく、主人公の葛藤・枷など破綻がない。というか、Sなヒーローという設定が説明セリフを許さない。続きを読む
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2017年08月22日

「やすらぎの郷」がタブーを犯す。

倉本聰の昼ドラを観ている。
倉本氏ほどの大家になると、プロデューサーやスポンサーも台本に口を出せないのは当然である。

私はブログで偉そうに書いているが、現場にいたら何も言えない。現場から遠いから発言できる。当事者はステークホルダー(利害関係者)だから、何も言えないのである。

とはいえ、シナリオには、やっていいことと、やってはいけないことがある。
真実は明かすべきである。でなければ、この世界は進化していかない。

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2017年08月21日

日本の映画・ドラマがつまらない理由。

旭山動物園を取材した番組を観ていた。あの動物園の素晴らしいところは、園長が「行動展示」という方針を打ち出し実行したこと。現場の最高責任者が、イノベーションを断行したところが凄い。
大概の場合、イノベーションのプランを持っているのは、現場の事情を知らない、門外漢である。

私も同様であって、かつては現場に近いところにいたが、今は部外者でしかない。
つまりは、ここで私が何かを書いたとしても、「負け犬の遠吠え」と受け取られてしまう。

とはいえ、「人間は真実の奴隷である」との希望から、ここに記しておく。続きを読む
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2017年08月20日

不倫は文化ではない。

というか、生半可な俳優がオカシナことを言うから、ややこしいことになっている。写真週刊誌、芸能ジャーナリズムの飯の種なだけであって、世論までオカシくなっている。

不倫という言葉は硬直して嫌な感じがするので、私は「婚外恋愛」「婚外性交」と言い換えたい。
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2017年08月19日

ウーマンラッシュアワー・村本氏、「朝まで生テレビ」で発言する。

途中から観たが、芸人・村本は頑張っていたと思う。

番組の一番最後に、「対話は重要だ」とコメントをねじり込んだのは立派だ。

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2017年08月18日

娘、大塚国際美術館に行く。

娘が仕事で徳島に行くことなった。阿波踊りの取材もあるので、こんな時期になったようだ。現地入りする日に、大塚国際美術館に行くのだという。

この美術館は、一風変わっていて、展示されているのは、陶板の原寸大の複製。つまりは、偽物。
料金は3000円を越えているというのに、参観者の満足は高いという不思議な美術館。


https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E5%A1%9A%E5%9B%BD%E9%9A%9B%E7%BE%8E%E8%A1%93%E9%A4%A8続きを読む
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2017年08月17日

文字校正には、表示倍率を拡大しろ。

標題が私の指摘したいことのすべてである。

いままで、プリントアウトして、文字校正をしてきたが、その前に、表示倍率を拡大することによって、局所的な間違いを訂正できる。

結果、プリントアウトでは、テキスト全体の校正に集中できる。



幼稚園児がひらがなを習うような文字の大きさは、少し異様だが、異様だからこそ、間違いを見逃さない。

もっとも、このテキストに間違いがあれば、この説は否定される・・・。
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2017年08月16日

鬼火とは何か・・・。

昔、フランス映画に「鬼火」というタイトルのものがあって、まったく意味が分からなかった。

ものぐさな私は辞書をひかなかったのか、辞書に載っていなかったのか、調べる辞書が違っていたのかは分からないが、「鬼火」が火の玉という意味が分からなかった。

今、電子辞書をひいてみると、「きつね火」「燐火」とあり、火の玉との表記はない。ただ、「墓地などに現れる不思議な光。燐が光るとの説もある」と。

フランスにも火の玉が出るのだろうか。それとも、自殺に至る主人公を描いたから「鬼火」なのか。タイトルが直訳なのか、意訳なのか、輸入した日本人の創作なのか、私は知らない。

そもそも、鬼とは何かについて、私たちは知っているのか。

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2017年08月15日

サイレント・マジョリティーは嘘。

大衆の大部分は何も言わないという、サイレント・マジョリティーは嘘である。

正しくは、パッシブ・マジョリティー。受動的な大衆。大衆の殆どは、何も考えていない。情報を鵜呑みにするだけなのだ。
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2017年08月14日

高橋秀樹さま。

「テレビが面白くない」を何とかするには・・・。

教育をイノベーションするには、大学受験制度を変えるのが手っ取り早い。

たとえば、「丸暗記は学習ではない。論理思考を習得すべき」と考え、教育現場で実行したとしても、それが日本の教育現場に広がっていくことはほとんどない。
しかし、大学受験で「論理思考を必要とする問題」をを採用するなら、日本の教育現場は大きく変わる。

事実、慶應義塾大学は日本で初めてAO入試を実行し、学生をテスト勉強でしか評価しなかった高校教育に変革をもたらしています。
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2017年08月13日

狂詩曲とは叙事詩であった。

叙事詩と叙情詩の違いについて、深く考えている。

ドラマは叙情詩であり、歴史は叙事詩である。

小説では「心の声」を作品の中に存在できるが、ドラマでは「ナレーション」は〈説明〉であり、タブー。つまり、向田邦子作品は、文学とドラマの折衷物であり、ドラマのタブーを犯している。
倉本聰氏の作品も、主人公の心の声を多用しているから同様である。
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2017年08月12日

高橋秀樹さま(日本放送作家協会)。主観批評ではなく、形式批評を・・・。

ヤフーニュースをたどったら、高橋秀樹さんの記事に遭遇した。そこでは、映画「君の・・・をたべたい」の感想が書かれていた。

http://mediagong.jp/?p=23516

彼は、現在のテレビを嘆いていて、「メディアゴン」というサイトをつくってマスメディアに関して提言している。

「何故、テレビ批評を書くのか?」という記事には、ナンシー関さんを取り上げていて、松本人志さんが「ナンシーは分かっている」と言ってたことを紹介。同サイトでは、多様な意見を取り上げると宣言されている。
だが、クリエイターたちが批評を読んで、未来が修正される。そのようなことが果たして起きるのだろうか・・・。
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2017年08月11日

私が、映画・ドラマの〈評価基準〉に取り組んだ理由。

韓国ドラマをザッピングしていたら、中年女性が喧嘩をしていて、「あなたも私と同じ経験をしたら、同じ性格になっているわ」と毒づくセリフがあった。
武田鉄矢が書いた歌詞「人は悲しみが多いほど、人には優しくできるのだから・・・」は嘘っぱちである。
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2017年08月10日

佐々木紀彦(NewsPicks編集長)さん、竹下隆一郎(ハフポスト編集長)さんへ。マスコミとウェブの違い。

新・週間フジテレビ批評に、ウェブニュースメディアを運営する人たちが出演していた。

番組の焦点は、「旧来のマスメディア vs.ウェブメディア」だろうが、考察が甘い。

そこで公開メールの形で、指摘したい。



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2017年08月09日

長尾真先生の言葉。「とんでもないこと」に取り組め。

1960年代にコンピューターを使った「自然言語処理」に取り組んだ長尾真先生は、周囲から奇異な眼でみられたのだという。

工学部で言語を扱うなど、当時は考えられなかったとか。
大学の計算機も物理計算に使うのがほとんどで、長尾先生はやっとのこと深夜の時間を割り振ってもらったという。

周囲からキテレツと思われた先生の研究は、その後、英文翻訳システムに発展した。先生の研究がなければ、英文翻訳システムの完成は、10年遅れていたに違いない。続きを読む
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