2017年07月31日

PDCAサイクルとマニュアル。

暗黙知の形式知化は、情報共有によって、効率的な組織運営をするためである。

それらは、個人を起点とする〈モダニズム〉と対立している。
モダニズムな価値観(人間の「オリジナルな個性」を大切にすることが正しい)を持つ人の中には、マニュアルを否定する人も珍しくない。
続きを読む
posted by スポンタ at 00:00| 東京 ☁| Comment(0) | 形式知化宣言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月30日

客観的・演技評価基準(アイソレーション・システム)

私が演劇・ドラマの現場にいて最初に戸惑ったのは、「どのような演技が素晴らしいのか」その〈評価基準〉が分からなかったことである。

監督はクリエイターだから「独裁者」であってかまわない。しかし、監督の判断に妥当性がなければ、スタッフからの信頼を得られない。
その場合〈評価基準〉が必要になる。

続きを読む
posted by スポンタ at 00:00| 東京 ☁| Comment(0) | 形式知化宣言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月29日

「映画・ドラマ」の〈評価基準〉。(その3)

私が考える〈ドラマ〉の客観的「映画・ドラマ鑑賞法」の概要は以下である。
私のオリジナルなので、「否定・反論」してもらって構わない。


○ 構図(縦軸)の吟味。

02_composition.jpg

○ 構成の吟味。

・筋の吟味。

03_suji.jpg


・時間的な感覚についての吟味。

04_sinkoukan.jpg



上記の3つの図が〈ドラマ〉の〈評価基準〉のすべてである。

次項において、解説していくが、

〈ドラマ〉の必要条件は以下である。


構図(縦軸)では、

・主人公が存在すること。(多すぎてはダメ)
・主人公に主体性があること。
・主人公に超目標があること(作品のテーマ)
・外的対立(アンタゴニスト・人間関係の仇敵)がいること。
・葛藤(内的対立)があること。


〈筋〉には、〈単一統一性〉がもとめられる


構成(時間軸)では、〈テンポ感〉〈焦燥感〉〈喪失感〉が求められる。




私は、〈主観的・印象的〉な映画・ドラマ鑑賞を否定しない。しかし、他者と対話するなら、「客観的映画・ドラマ鑑賞法」を踏まえるべきである。



この後、さらに詳説していく。



posted by スポンタ at 00:00| 東京 ☀| Comment(0) | 形式知化宣言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月28日

「映画・ドラマ」の〈評価基準〉。(その2)

○ 第一段階: まっさらな気持ちで鑑賞する。

それがすべてである。

その後、「つまらない」とか、「感動の理由」を知りたかったら、以下の〈チャート〉を手繰ってみるとよい。
そのプロセスとは、〈評価〉である。

〈評価〉をする場合、まず、〈分類〉をしなければならぬ。
それが、下の図である。

01_bunrui.jpg

○ 第二段階: 〈主人公〉がいるのかいないのかによって、〈ドラマ〉と〈アンチドラマ〉を分ける。

主人公がいるとは、〈感情移入〉の対象が存在する。その数が数人であることが条件である。

○ 第三段階: 〈ドラマ〉の〈評価プロセス〉については、次項とする。


○ 第四段階: 〈アンチドラマ〉について考察する。

〈アンチドラマ〉には、別メディアを〈トレース〉した作品と、感動を目的とせずに制作された〈異化・不条理劇〉がある。

・〈トレースもの〉
・・歴史トレース
・・漫画・小説トレース
・・ドキュメントトレース

〈異化・不条理劇〉
・・ジャンル系
・・作家系
・・俳優系


上記については、以下のように整理できる。

〈トレースもの〉は、「作品外部」に作品の成立要件(歴史・事実・原作)があり、

〈異化・不条理劇〉は、「作品内部」に作品の成立要件(ジャンル・作家性・俳優の魅力)がある。


上記のそれぞれに〈アンチドラマ〉の評価基準が存在する。

最近の話題、「銀魂」を観て、原作者が幻滅したとか。

それが〈ドラマ〉の評価基準によってなのか。
〈アンチドラマ〉の評価基準たる「自分の作品とは似ても似つかないから」なのか。

前者なら、作品は大失敗だが、後者なら、作品は成功している可能性もある。




続いて、第三段階として〈ドラマ〉について解説する。
posted by スポンタ at 14:53| 東京 ☀| Comment(0) | 形式知化宣言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月27日

「映画・ドラマ」の〈評価基準〉。(その1)

「映画をたくさん観ろ」というアドバイスはダメ。と指摘したので、あるべき映画の鑑賞法を提示する。



現代の映画・ドラマの客観的鑑賞において、17世紀フランス古典演劇理論が極めて参考になる。

古めかしい理論などと侮ってはいけない。
美学・芸術学の青山昌文教授によれば、アリストテレスもドゥニ・ディドロも同時代人である。

フランスにおいて芸術のステータスは高い。その中でも演劇は取り分け。したがって、演劇理論は演劇の理論のみならず、芸術の中心理論であり、社会的にも広く知れ渡っていたという。



17世紀フランス古典演劇理論の概要は以下。

1、〈自然のミーメーシス(模倣・再現)〉
※ 自然とは、この世界。本質・存在を表現することをめざす。

2、〈古代人のミーメーシス〉。古代人の芸術作品のさらにインパクトを強めたミーメーシス(模倣・再現)である。

3、求められるのは、〈本当らしさ〉。

4、〈適合性〉・内的適合性(登場人物の性格と行動の整合性)
       ・外的適合性(観客にとって登場人物に違和感がない)

5、〈驚異的なもの〉。観客を驚かせる。

6、3つの〈単一統一性〉。本来、筋・時・場所についてだが、〈筋の単一統一性〉のみを重要とする。



芸術には、アポロン的とディオニュソス的という二つがある。

アポロン的とは、〈存在〉の表現。

ディオニュソス的とは、〈観客の感情を操作すること〉を目的とする。




モダニズム芸術観では、

1、芸術作品は、作家のオリジナルな個性の表現。

2、過去の作品は打倒すべきものであって、模倣してはならない。

3、芸術は進化する。




ということを踏まえて、「客観的で、妥当性がある映画・ドラマの鑑賞法」について、これから解説していく。
posted by スポンタ at 14:33| 東京 ☀| Comment(0) | 形式知化宣言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月26日

多部未華子さんにファンメールを送る。



というのも、Yahoo Newsに「やりたい役が見つからない」とあったからだ。

はじめまして。
世田谷区在住の男性です。

多部さんの演技を楽しく拝見しております。

さて、Yahoo Newsで、
多部未華子、演技派女優の意外な顔 「演じたい役がまだない」とのニュースが配信されていました。

その思い、私も同感です。
といっても、私は観客なので、「観たい映画・ドラマがない・・・」ということです。

私の場合は、それだけでは納得がいかないので、「その理由」について分析してみました。

でもって、「客観的ドラマ映画鑑賞法」というツールを構想しています。

http://sponta.seesaa.net/article/452054184.html

まだ、詳細については、書き終えていませんが、この評価ツールによる「業界」の標準化を目指しています。

もし、興味がありましたら、ご高覧いただければ幸いです。



今、夏ドラマがまっさかりであり、新作映画のプロモーションのために俳優たちが番組に出演している。

なのに、「オモシロイ」と思えるような作品があると期待できない。

多部さんの告白は、出演者の立場からの「危機感」の表明であると私は理解した。続きを読む
posted by スポンタ at 19:09| 東京 ☁| Comment(0) | 公開メール | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

劣悪なヤフーニュース

『黒革の手帖』歴代・元子役と徹底比較 武井咲演じる今の悪女がいい理由

https://thepage.jp/detail/20170725-00000004-wordleaf?utm_expid=90592221-74.59YB6KxJS6-oVPGhgabD7Q.0&utm_referrer=https%3A%2F%2Fthepage.jp%2F

には、以下の記述がある。続きを読む
posted by スポンタ at 13:21| 東京 ☁| Comment(0) | ネットウォッチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

記憶に遺すにはどうするか。

ということで、記憶関連のパラダイムを作成した。



続きを読む
posted by スポンタ at 00:00| 東京 ☀| Comment(0) | 形式知化宣言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月25日

形式知化宣言。

暗黙知の形式知化について研究してきた。

形式知化とは、「テキスト化&図化」のことである。

とはいえ、私のような「無名の輩」は、テキストを読んでもらえない。

小説やシナリオの業界は、原稿を出版社・映画会社に持ち込んでも、「読んで」さえもらえない。

しかし、漫画の業界は違うのだという。
新人作家は、原稿を出版社に持ち込むし、編集者が会ってもくれるのだとか。


その理由は「絵」は瞬間で鑑賞できるから。私の言葉でいうなら「アトアグランス性」である。
続きを読む
posted by スポンタ at 00:00| 東京 ☀| Comment(0) | 形式知化宣言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月23日

長尾真先生のインタビューを聞く。

車で運転している時、FMで放送大学の講義を聞くことがある。

先日、スイッチをつけたら、「自然言語処理」の最終回で、ゲストに元・京都大学学長・元国会図書館館長の長尾真先生が出演されていた。続きを読む
posted by スポンタ at 00:00| 東京 ☀| Comment(0) | ネットウォッチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月22日

日本のジャズ終了のお知らせ。

JUJU嬢が、ブルーノートの音楽祭に初めて出演することになったのだとか。

有名ジャズシンガーの彼女が出演していなかったのは驚きだが、逆にいえば、彼女が出演することによって、日本のジャズは完全に終了したことになる。

続きを読む
posted by スポンタ at 07:19| 東京 ☀| Comment(1) | 芸術論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

小栗旬君への提案の〈続編〉。

小栗旬君とは「日本の映画・ドラマに危機感を持っている人」の総称でもある。



彼へのメールの趣旨は以下である。

・「日本の映画・ドラマが面白くない」理由は、「現場がやりたいことができない」からではない。

・企画・編成・制作・演出・俳優のそれぞれの「ドラマが面白い条件」が異なっているから、「日本の映画・ドラマが面白くない」のだ。

・情報共有が不十分なため、「意思が統一されない」「複数の意思が折衷・合体」して、中途半端な作品になる。


と現状分析し、

・私は「映画・ドラマのおもしろさの条件」の〈標準化〉ツールを持っている。情報共有したい。


と、提案した。
続きを読む
posted by スポンタ at 00:00| 東京 ☀| Comment(0) | 公開メール | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月21日

叙事詩的な作品「シン・ゴジラ」

CATVで「シン・ゴジラ」を観た。

ウェブ評では、日本の意志決定の脆弱さが表現されている。アメリカにいまだ支配されていることが示されていて、日本人として情けないとか・・・。

しかし、実際に観ると、そのような評は間違っていることが分かる。

この作品は、アンチドラマであって、そのような日本に対する批判精神で「ゴジラの首都来襲」を描きたかったのではない。

叙事詩的に「ゴジラの首都来襲」を描きたかったのである。



続きを読む
posted by スポンタ at 00:00| 東京 ☀| Comment(0) | ネットウォッチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月20日

曜変天目を見に行く。

テレビ番組「何でも鑑定団」で天目茶碗が出たとか、偽物だとか言う話題があるので、本物を見に行った。

我が家から自転車で15分ほどのところにある三菱財閥が集めたお宝の美術館である。

http://www.seikado.or.jp/collection/clay/001.html


続きを読む
posted by スポンタ at 00:00| 東京 ☀| Comment(0) | スポンタと娘…。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月19日

「演出家・蜷川幸雄氏の”イケメン俳優論”について」について。

小栗旬氏の周辺に関して、蜷川氏の情報に辿り着いた。以下に引用する。

朝日新聞デジタルに掲載された蜷川幸雄氏のエッセイ『演出家の独り言・イケメン俳優人気への憂い』が各所で大きな話題を呼んでいます。内容は表題そのまま、昨今演劇界にも大量に進出してきた”イケメン俳優”と彼らの人気への憂いを語ったものなのですが、このエッセイを読んだ観劇女子やイケメン俳優推しの女性達からは辛辣なご意見も噴出している模様。

曰く「チェーホフや三島を読んでいない事がそんなに悪いのか」 「真面目に稽古をする事こそ大事」 「サイボーグなんて超失礼」などなど。

うーん、気持ちは分かる、分かります。私だって自分が応援している俳優さんを”サイボーグ”や”マネキン”という単語で一括りにされたら悲しいし腹立たしい。相手が「世界のニナガワ」であることを忘れて斜め上から灰皿ブーメランを飛ばしてしまいそうです。

https://allabout.co.jp/gm/gc/448795/all/



蜷川氏の言うことに、私は100%同意する。
しかし、「チェーホフや三島を読め」というのは違うと思う。

したがって、以下のように、解説してあげるべき。

つまり、チェーホフや三島を読んだところで、イケメンたちは、「何も分からないだろう・・・」ということだ。

田中角栄氏は、「将来分かることなら、今のうちに教えておけ」と子供たちの反発も恐れずに教育したという。

それをして思えば、



「チェーホフ劇のような、緻密で濃密な人間心理を勉強せよ」。つまりは、最近の商業作品のほとんどのキャラクターは一面的であり、深みがない。そのような役ばかりをやっていては、演技が薄っぺらになってしまうぞ。
と、解説しなければならない。

何も、チェーホフに限らず北欧室内劇的な作品。たとえば、ウッディ―・アレンでも、イングマール・ベルイマンでも良い。


三島に関していえば、「私たちは日本語で表現している。さらに、戯曲の背後にあるのは日本文化の伝統である。つまり、セリフの裏には、日本語の伝統があり、日本の文化がある。それを意識しながら演技しなければならない」。
つまりは、洋物ばかりやっていると、言語の深さを踏まえた演技ができない。そもそも、日本は、「文化的な等質性が高い(ハイコンテキスト)」であって、アメリカの「文化的な等質性が低い(ローコンテキスト)。他民族の文化の寄せ集まりとは異なる」ことを認識しつつ、演技すべきである。

何も、三島に限らず、向田邦子のシナリオや、宇野千代の小説「おはん」を読んでもいい。




三島を読め。チェーホフを読めでは、自らの叡知を誇るだけであって、実利はない。
というか、若い人たちが、チェーホフや三島を読みこなすことができなければ、効果がない、意味がない。

要は、現場の要請に従うだけでは、薄っぺらな演技になってしまう。
演技とは、もっと多様な意味を含んでいるものである。


てことなんだけどな。



記事は、次のように締めくくられている。

確かに三島由紀夫やチェーホフを読まなくても舞台には立てるし、キラキラした世界を女子に魅せる事も出来ます。外見が美しいというのはある種の正義。でも”イケメン俳優”というざっくりした枠から抜き出て、舞台の中央に1人で立てる俳優になるには自分だけの武器を身に着けなければいけない。その1つが「教養」ではないのか。


なんとも、訳が分からない「まとめ」。

蜷川さんは、もっと具体的に危機感を感じていたのだと思う。

 つまりは、「ダメな演出家の、ダメな指示にしたがっているだけじゃダメだよ」
「オーケストラの団員は普段も個人練習をしている。リハーサルは指揮者の意図をくみ取る場所であって、個人練習の場じゃない。では、俳優はどうかな。セリフを覚えれば稽古は終了という訳じゃないよ」・・・と。


イケメン俳優たちが、チェーホフや三島を読めば「良し」。

読まないにしても、自分の演技に何が足りないかを知ることができる。それでいい。

まず、何がダメか。何が足りないかを知っていれば、少なくとも「人気に慢心すること」はない。


追記:

まとめで「舞台の中央に1人で立てる俳優」と言っているが、これが実は難しくて、「芯」になるということ。つまり、あまりいろいろなことが分かってしまうと、「芯」がぶれる。

一筋縄ではいかない世界なのだ。













posted by スポンタ at 00:00| 東京 ☀| Comment(0) | ネットウォッチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月18日

小栗旬君にこんなメールを送った。

はじめまして。
世田谷区在住のブロガー、スポンタ中村です。

小栗さんが、ダウンタウンさんの番組で、「テレビが危ない」との危機感を持たれていることを知りました。

松本人志さんは「制約が多いから、今のテレビは面白くない」と発言されていましたが、私は「人によって、面白さの基準が違うこと」が原因と考えています。

すでに、映画・ドラマの「客観的で、妥当性のある評価ツール」を完成しているとともに、演技の巧拙についての「評価指標」を研究しています。

興味がありましたら、拙ブログをご覧になるとともに、情報交換などできれば幸いです。

http://sponta.seesaa.net/article/451815574.html#more

ご無礼なメールで、失礼いたしました。

ご活躍をお祈り申し上げます。


ダメモトなんだから、リターンは期待していない。
身だしなみとして、「私の思い」を捨象して事務的なメールにした。


小栗君は、ポッと出ではなく、業界二世。今は有名人だが、過去は苦労人だった。
つまりは、酒場で仲間と愚痴を言っているだけの漢ではないと私は思っている。

数年後にでも、コミュニケーションがとれればいいいなぁ・・・。などと夢想する。


posted by スポンタ at 00:00| 東京 ☀| Comment(0) | 公開メール | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月17日

小栗旬氏にメールを送ろうと思うが・・・。

小栗旬氏にメールを打とうと思っている。
とはいえ、これでは少し長いので、少し短くして・・・・。

続きを読む
posted by スポンタ at 00:00| 東京 ☀| Comment(0) | 公開メール | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月16日

人間は〈真実〉の奴隷である。

そう思って生きてきたが、どうやら、そうでもないらしい・・・。
私のような無名な輩が〈真実〉を言っても、無視されるだけである。



中村うさぎ氏が「有名人の言葉だからって、さも価値があるように思うのは嫌だ」と言っていたのを覚えている。

私もそう思う。

impossible を、I'm possible と読み替えるなんて、オードリー・ヘップバーンに限らず誰でも思うことである。

若いという字は苦しい字に似てるわ。明日という日は明るい日と書くのね。

そんな感じ・・・。



フランスの哲学者・アランは、「悲観主義は感情のものであり、楽観主義は意志のものである」と言ったが、これは至言。別格だと思う。



TBSのドラマ「小公女セーラ」には、次のような主人公のセリフがある。

「どんなに私を叩いても傷つくのは私ではありません。間違っている校長先生。あなたです」

しかし、現実ではそんなことは起きない。

自分が間違っていることに気づいて、ニヤリとしてゴマカす。

・・・せいぜいが、そんなところ。
posted by スポンタ at 07:06| 東京 ☀| Comment(0) | スポンタ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月15日

日本人は集団主義的ではない。

放送大学の認知心理学を見ている。先日は、社会心理学がテーマだった。



ことあるごとに講師が言うのは、「人間は、直感に左右される」ということ。講師が引き合いに出すのは、直感が正しければ「天動説」である。だが、真実は「地動説」であると・・・。

学者でなければ、一般大衆にとって〈真実〉などどうでもよい。




認知心理学の授業では、「日本人は集団主義的であり、アメリカは個人主義的である」との説は、根拠がないと指摘する。

日本には、「出る杭は打たれる」ということわざがあるが、アメリカにも「延びた木には風当たりが強い」というのがある。恣意的にコトワザを選び出すのは、科学的ではないということだ。

危機的状況になれば、人間は「個」よりも「集団」を尊重する。
たとえば、911の事件の直後、アメリカの大衆は「集団主義的」だったという研究がある。

「個人主義or集団主義」の心理学のテストで、日本人とアメリカ人の差はほとんどない。



私的に演繹するなら、日本人は平時から「危機的状況に対応できるような意志決定システムを採用している」となる。

逆に言えば、アメリカは普段は「個人主義」で暮らしているが、危機的状況になると、「個人主義の欠陥に気づいて、モードチェンジする」ということ。アメリカはダブルスタンダード。

日本人は、モダニズムによる「個人主義」の洗脳と決別している。
ただ、それだけのこと。




講師も暗に指摘していたが、「日本人は集団主義的」とラベリングすることで、日本人を「自分たちとは違う人たち」と大衆に刷り込むことが、戦後の世論誘導としても必要だった。
posted by スポンタ at 06:51| 東京 ☀| Comment(0) | メディアウォッチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月12日

アインシュタインの相対性理論とは何か。

アインシュタインが主人公のドラマでのセリフ。(「ジーニアス」第9回20分頃)

焼けた石炭の上に立っていれば一秒でも永遠のように感じられるが、美しい女性とベッドにいれば1時間も一瞬のように過ぎる。
それが相対性理論。



セリフは、クロノス時間とカイロス時間のことを言っているのであって、クロノス時間同士の話ではないのだが・・・。
posted by スポンタ at 00:00| 東京 ☀| Comment(0) | メディアウォッチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
ファン
 メッセージを送る
 このブログの読者になる
 更新情報をチェックする
 ブックマークする
 友達に教える
RDF Site Summary
RSS 2.0