2017年06月30日

フレームとコンテンツ

スティーブ・ライヒのコンサートをFMでやっていたのを聴いてびっくりした。

ライヒは、ミニマル・ミュージックの作曲家なのだが、演奏が非常にエモーショナルだったから。

※ ミニマルミュージックとは、単純な音列を繰り返す、変化がミニマル(最小限)な音楽のこと。


曲が無機的だと、演奏が有機的になるということ。

それが、作品が発表されてから、かなりの時がたって熟成した。



エモーショナルな演奏で知られるグレン・グールドが、ロマン派の曲を絶対にやらなかったことは示唆的である。

曲がエモーショナルで、演奏がエモーショナルでは、過剰になるということである。

とはいえ、世の中には、エモーショナルな曲を、エモーショナルに演奏する人ばかり。・・・なのだぁ。
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2017年06月29日

藤井聡太四段の棋風。

中学3年生の特徴は、人工知能ソフトを参考にしているところだという。

私は駒の動き方を知っているだけであり、戦法も多くを知らない。

したがって、印象を語るでしかないが、人工知能と人間の違いは「人工知能には感情がないこと」である。

相手の王将を先に取った方が勝ちのゲームである。
したがって、意味もなく、自陣を固めるという発想は最初から存在しない。

「へぼ将棋、王より飛車を可愛がり」という俗諺があるが、そのようなことは、人工知能ではありえない。



人工知能の特徴は、データマイニングの特徴と同じである。

とするなら以下のようなコンセプトか・・・。

・多様性
・独立性
・分散化
・拡張性

・複数の集約技法

・断片化

・メタ論




人間は、関連づけて覚えるという習性がある。
散文的な人生に意味を見いだすというようなことである。

藤井少年はそうではない。
五目チャーハンがなく、ワンタンメンを食べることになっても、そこから物語を読みとることはなかったに違いない


それこそが、ニューエイジである。
posted by スポンタ at 14:28| 東京 ☁| Comment(0) | メディアウォッチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月28日

小林真央さんの早世につき・・・。

いままでも、癌により早世した人たちがいたが、彼女の場合は、最後まで誇り高く、気高かった。

その理由は、エリザベス・キューブラロスの「死の段階受容説」における最終段階に、長きの闘病生活において、彼女が達していたこと。
もうひとつは、メディアというものを深く理解していたことだと思う。

最後になったブログのコメントは完璧だし、最後に「愛している」と発言したことも奇跡である。

本当にすばらしいというか、感動とともに尊敬する。



さて、海老蔵氏が「来世も、来来世も一緒に居よう」と彼女に言った言葉の意味を理解しているだろうか。

近松の心中ものは、当時の仏教の死生観を反映している。

親子は「一世の契り」、「夫婦は二世の契り」。

心中は、「今生はだめだったが、せめて来世では一緒にいよう」ということである。

今生と来世のご縁が、夫婦。

それを越えるということで、来来世も一緒に居ようと言ったのである。




それにしても、歌舞伎の定式幕の前でのインタビュー。
かっこよかった。

午前の部と午後の部の間で、ロビイが使えなかったのだろうが、かえって、それがよかったと思う。



芸能人の不幸。
貧乏人の火事よりも、金持ちの火事の方がおもしろい。
野次馬をしてきた私は反省している。

今回、ブログの果たす社会的な役割が示されたと思う。無名のブロガーとして、拍手を送りたい。


posted by スポンタ at 14:25| 東京 ☁| Comment(3) | メディアウォッチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月25日

日本をアップデートするには。

今の時代の一番の問題は、すでにモダンの時代は終わっていて、ポストモダンの時代なのに、モダンの価値観にしがみついている大人がことのほか多いことです。

モダンの本質は以下のふたつ。

・主観(思索する個が、すべての起点)
・進化論


しかし、主観がすべての起点というのは、無理があった。
ドイツ観念論や実存主義は、神の代わりに、存在を証明する学派でしたが、その証明は未完に終わりました。

進化論が間違いというのは、ソ連の崩壊で証明されました。

哲学とは、宗教に代わってこの世の中の「存在」を証明するための学問です。
ニーチェが「神は死んだ」と発言しても、人類が、「ここはどこ?」「私は誰?」という問いから解放されることはありません。
それが哲学の本質であって、「よりよく生きる」ことは、その追求から生まれた副産物でしかないのです。

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posted by スポンタ at 06:46| 東京 ☀| Comment(0) | ネットウォッチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月24日

娘の友人へのメール。

出版界は不況で、紙媒体に未来はないといわれていますが、それは嘘です。

2005年前後、ウェブにより劣勢になったワシントンポストは、紙媒体は将来無くなると悲観的な未来を予想しました。
一方、日本は宅配制度があるから大丈夫などと言う人もいました。
しかし、それは間違いです。

ワシントンポストは、紙媒体だから衰えるのではなく、オーソライズするブランドの力があるので、今も存続しているのです。

つまり、ウェブにはオーソライズするブランドが存在しない。
そこにこそ、出版社がサバイバルできる理由があるのですが、なかなかそれが理解されていないようです。

出版人たちが絶望してしまってポピュリズムに負け、有名芸人・又吉氏のおもしろくもなんともない作品を絶賛する。
専門家が、だめな作品を絶賛したら、素人は、メディアそのものに魅力がないと勘違いするのは、当然です。大人と違い、若い人たちの鑑賞歴は乏しく、価値観を確立していないのですから。

それが出版界が低迷している原因です。(ウェブの2ちゃんねるでは、それが指摘されています)

しかし、又吉氏のブレークをおもえば、出版社がオーソライズするパワーを持ち続けていることは明らかです。

中学生の藤井君が連勝を続けて、世間から将棋界を注目させたように、若いスターが出れば、出版界も復活できるに違いありません。
posted by スポンタ at 15:49| 東京 ☀| Comment(0) | ネットウォッチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月22日

拡大再生産なんて嘘。

Wikipedia によれば、

拡大再生産(かくだいさいせいさん、英: extended reproduction)とは、マルクス経済学において、剰余価値の一部、またはそのすべてを資本家の消費に支出することなく、資本に転化して蓄積することによって生産規模を拡張し、再生産を行うこと。対義語は単純再生産。


しかし、ディビッドアイクによれば、

マネーのエネルギーは労働として等価交換された場合はバランスの良い流れとなるが、彼らは「利子」や「信用」といった概念を金融システムに組み込み、マネーを初めから「債務」とすることで一般大衆のエネルギーを吸い取っている。エイブラハム・リンカーン大統領は私立銀行に依らない、政府自身による無利子のマネーを発行し始めようとしたため、彼らにより暗殺された。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%87%E3%82%A4%E3%83%93%E3%83%83%E3%83%89%E3%83%BB%E3%82%A2%E3%82%A4%E3%82%AF


ま、そんな感じ。

企業は、〈拡大再生産〉によって成長していくのではなく、銀行・金融市場からえた「信用」をもとに〈資金〉を調達して、成長していくのです。
posted by スポンタ at 00:00| 東京 ☔| Comment(0) | ネットウォッチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月21日

あと、28000字。

著作を続けていて、ようやく四分の三を書き上げたが、懸賞はまったく盛り上がっていないし、ここに新作を書いたからといって、何かが起きるような予感は一切ない。

https://kakuyomu.jp/works/1177354054883288303



とはいえ、もう一度、陰謀論を振り返ることができた。そして思うのは、太田龍の重要さであり、彼が重要としたディビッド・アイクの言説につきるということである。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%87%E3%82%A4%E3%83%93%E3%83%83%E3%83%89%E3%83%BB%E3%82%A2%E3%82%A4%E3%82%AF

あと、晩年に太田氏が研究していた岡潔が気になる。

ということで、Wikipediaでかまわないので、ご興味があれば、ご閲覧いただければ・・・。という感じです。
posted by スポンタ at 18:57| 東京 ☔| Comment(0) | ネットウォッチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

途中からではあるが「小さな巨人」を観ていた。

この番組の魅力というか、面白さは「異常に過剰な演技」である。それは、父が歌舞伎役者である香川照之によって、最高潮になる。
大衆演劇の梅沢富美雄の方が演技を抑えているのは、苦笑ものである。


演劇評論家は歌舞伎の特徴をバロック的であると形容したが、バロックの意味は「ゆがんだ真珠」であり、過剰な装飾を意味した。
それがモダニズムのル・コルビジェに至って、機能主義になり、装飾はそぎ落とされた。

それが現代である。続きを読む
posted by スポンタ at 06:58| 東京 ☀| Comment(0) | メディアウォッチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

野際陽子さんの演技。

死して、彼女の偉大さを思う。

彼女の特集で秀逸だったのは、橋田賞以外、賞を得ていないことである。

つまり、演技を評価されるということは、演技を観客に感じさせていることであって、それは、俳優にとって、誉められた話ではない。



彼女は、NHK退職後、TBSの演出家・大山勝美氏に勧められて、テレビドラマの道を歩んだという。

彼女の福田演出による「うんこビリビリの気張った演技」を観てみたかった。そんな気もしている。
posted by スポンタ at 06:55| 東京 ☀| Comment(0) | ネットウォッチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月17日

叙事詩について、考えている。

ドラマは叙情詩であって、叙事詩ではない。



叙事詩の英訳をウェブで探す。

すると、ラプソティーだと知る。



ラプソティーとは、狂詩曲である。

ふむ。

叙事詩とは、狂った詩であったか。

叙事詩と叙情詩の関係がここでわかる。



この場合の詩とは、テキストというほどの意味なのかもしれない。

なぜなら、古代において、すべてのテキストは韻文だったのだから、詩以外のテキストは存在しなかった・・・。
posted by スポンタ at 10:53| 東京 ☀| Comment(0) | 芸術論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月11日

上司と一緒に、うんこを踏め。

会社員になった娘に相談を受けた。

娘はまだ研修中なので、当事者ではないが、先輩が「客先の要望」をつたえると、上司が「社内部門の意見」の方を重用する。先輩は板挟みにあっている。
…どうしたらよいのか。
と。



私は、次のように答えた。

先輩を評価するのは、上司。
客先ではない。

上司を評価する権利は、先輩にはない。

とすれば、上司の言動を「間違っている」と不満を言う権利・資格は先輩にはない。



そこで行うべきことは、上司に従って行動して、「失敗体験」を上司と共有すること。

ひょっとすると、上司の意見が正しく、先輩が間違っている可能性もないとはいえない。
一方、お客様が神様だと言っても、お客様が間違っている可能性もゼロとはいえない。



致命的な失敗になるなら別だが、小さな失敗なら、失敗を共有すべき。

致命的な失敗になる可能性があるなら、小さな失敗で済むような事案を作り出すべきだ。



失敗を予想しつつ、失敗した場合のリカバリー策を、用意しておく。

勿論、失敗の原因を「自分のせい」にされないよう、細心の注意を払う。



顧客の重役が激怒するなら取引を失う可能性も高く致命的だが、担当者が不愉快になるぐらいなら小さな失敗といえるだろう。

上司の命令通りに行動し、失敗する。
そして、失敗を共有して、社内で一体感を得る。

この時、「だから、僕の意見を聞いていたらよかったのに…」などとは絶対に言ってはいけない。



これが、上手に仕事をすすめるための第一段階。つまりは、第二段階も、第三段階もある。



そんなことを話した。
posted by スポンタ at 05:38| 東京 ☀| Comment(0) | スポンタと娘…。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月08日

記憶のプロセス。

放送大学の「認知心理学」を観ているが、だったら、最初から言ってよ。って、感じ。
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posted by スポンタ at 00:00| 東京 ☀| Comment(0) | メディアウォッチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月07日

何故、アリストテレスのテキストが少ししか遺っていないのか。

映画「薔薇の名前」を観た。原作者はウンベルト・エーコである。
物語は、ショーン・コネリー演じる修道士の主人公が、修道院で起きた殺人事件の解明に乗り出すこと。
ネタバレとなるが、存在してはならない、異端・神秘主義のテキストに関連して、その存在を知った翻訳者が殺されたのである。

主人公は、聖書だけでなく、アリストテレスの言葉も引用する。そのようにして思うのは、プラトンのテキストが殆ど遺っているのに、アリストテレスのテキストが殆ど遺っていないのは、プラトンのイデア論は「別の次元の存在」を主張しているのに、アリストテレスは、すべてはこの現実に内包していると、別次元の存在を認めなかったからではないか。続きを読む
posted by スポンタ at 06:56| 東京 ☁| Comment(0) | 芸術論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月03日

倉本聰氏のような専門家が、素人が言うようなことを…。

テレビ朝日の「やすらぎの里」を観ている。
そして、日本映画専門チャンネルで、「前略、おふくろ様」を観ている。

私が映像の世界に進むにおいて、「前略、おふくろ様」は大きな影響を果たしているから、自分の人生を振り返る意味でも、同作品を見直している。

結局のところ、40年近く前も、そして今も、私は無名のままであり、倉本氏は栄光のままである。

唯一変わっているのは、私がドラマの世界に対して、素人ではなくなったということである。勿論、それは鑑識眼においてのみであり、社会通念的には、私は素人・一般でしかない。
(-_-;)続きを読む
posted by スポンタ at 16:03| 東京 ☀| Comment(0) | メディアウォッチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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