2016年12月27日

さらに中園ミホさんは間違っている。

彼女は、誇らしげに、ある女優に、「あなたの代わりは他にもいるけど、私の代わりはどこにもいないの」と言われて、台本直しをさせられたことを語っている。
そして、大石静氏にしても、同様であると付け加えた。
しかし、これが三谷幸喜だったらどうだろう。

「俳優にはつながりがある」にしても、その俳優が死んでしまったら、つながりは無視して、制作が進められるに決まっている。

事実、おかくらの主人は替わりながらも、「渡鬼」は続いてきた。藤岡琢也、宇津井健、両氏のご冥福をお祈りする。



結局のところ、そのような現状に甘んじてきたシナリオライターたちのふるまいによって、作品におけるシナリオの重要性が低下したのである。


女優が、作品全体を見渡して、本直しをするのだろうか。もし、それが出来るのなら、彼女は女優はやめてプロデューサーになればよい。

中園氏のシナリオが屑なのなら、直しに応じるのも仕方のないこと…。私は、その作品を観ていないので、それは分からない。
posted by スポンタ at 00:00| 東京 ☀| Comment(0) | メディアウォッチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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