2016年11月30日

父親がこどもに伝えているか…。

結局のところ、社会人になった私は、父親や母親から、ほとんどアドバイスを受けていない。

離れて暮らしているから、仕方のないことかもしれないが、アドバイスがあれば、少しは違った人生かもしれないと思っている。



ギョーカイに進む娘の友人たちのために、私なりのアドバイスをテキストにして限定公開した。

もし、本当にやりたい企画があるなら、企画会議で出してはダメ。と、書いたら、娘の友人は大いに納得してくれたという。

その理由は、企画会議で発案すると、誰かが反論する。
しかし、企画会議に出されければ、反論はない。

だから、企画会議を通さないことが、企画を実現する近道なのだ。



私は、失敗談として、それを経験したが、娘の友人が、成功談として語れることを祈っている。





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2016年11月19日

宮崎駿氏の勘違いと、「君の名は。」。

NHKのドキュメンタリーで、宮崎氏は、「映画はストーリーで好きになるんじゃない。ワンショット観た瞬間に、これはすばらしいって思う。それが映画だ」と告白する。

つまりは、長く見続けないと分からないシナリオではなく、一瞬で魅力が分かる画の力である。と。
だが、これは間違いである。




シナリオの巧拙が、アニメーション作品に決定的な事項であることは間違いない。

ただし、宮崎氏の一瞬にして、素晴らしさが分からないとダメ。ということでは、シナリオではなく、構成感ということになる。

つまり、作品で一番重要なことは、「構成感」である。



映像作品で構成というと、シナリオの構成と考えるかもしれないが、それはConstructionである。
だが、構成には、もうひとつCompositionがある。

つまり、縦軸のConpositionと、横軸(時間軸)のConstructionという、ふたつの構成感が重要なのである。




番組中、宮崎氏は、毛虫のアニメーションに取り組んでいたが、毛虫という気味が悪い物を、可愛いと感じる。そういうコントラスト・コンポジションがあってこそ、観客は魅力を感じるのであって、これが、「可愛い子猫」が「可愛い動きをする」のでは、コントラスト・コンポジションはなく、素晴らしい作品にはならない。

宮崎氏のような発言が、画さえ良ければいいんだと、アニメーターに思わせ、新海誠氏のような監督を生むことになる。

そんなことを感じている。
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2016年11月14日

ディスタントリーディング(速読)と情報学。


ディスタントリーディングとは速読であり、対立概念は、クロースリーディング(精読)である。
というか、ディスタントリーディングは、クロースリーディングの反対概念だから、遠い読書ということかもしれない。
ディスタンスというのは、距離だから、遠い読書というのが、本来の訳語だろう。続きを読む
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2016年11月12日

「君の名は。」のダメさ。

古館伊知郎の番組で、「君の名は。」の監督が出ていた。

泣けたという人がいた中で、酷評する人がいる。娘が観にいき、駄作だというので、私は観ていない。

スタジオ諸氏の感動は理由は、

1. 東京の街並みが美しい。
2. 雨の石畳が美しい。
3. ラッドウィンプスの音楽が素晴らしい。
4. 小野小町の歌。…夢。

結局のところ、この作品で、大部分の観客は、感情移入できない。
それが、この作品の評価が分かれる、最大の理由だろう。

http://matome.naver.jp/odai/2147383215514781101



〈設定〉は〈ドラマ〉ではない。

この作品の主人公の生き方に励まされたという感想がない。
それこそが、〈設定〉を越えた〈ドラマ〉が、この作品に存在しないことの証明だろう。

〈設定〉とは、例えば、雨が降るということ。
ご都合主義の〈設定〉とは、主人公たちを相合傘にするために、雨が降るという〈設定〉にすること。
つまり、雨が降り、主人公たちが相合傘になり、恋が芽生える。それは、〈ご都合主義の設定〉ということである。

〈設定〉が対立を煽ったり、新たな展開を生むなら、〈設定〉は〈ドラマ〉に昇華する。

たとえば、「隣のトトロ」で、雨が降ってきて、カンタ少年が、黙って傘をさつきに差出し、雨の中を走って帰る。
さつきはめいと一緒にカンタ少年の傘で帰る。寡黙な少年の気持ちが伝わってくるシーン。〈ドラマ〉である。



新海監督が、今後、どうなっていくのかは分からない。
優秀なプロデューサーがつき、優秀なシナリオライターを使って、〈ドラマ〉を盛り込んでいくなら、彼の名声は今後も続くに違いない。今回の作品も、さまざまな人の意見を聞き、自分のやりたい事を抑えながら制作したというから、大丈夫だろう。勿論、今回の大成功で、彼が、妙な欲を出さなければの話であるが…。
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2016年11月11日

天皇陛下の生前退位の理由は、健康上の理由(しんどいから)ではない。



有識者が集まって会議をしているが、陛下の気持ちを理解しないので困る。

陛下は、摂政ではダメだ。と言っている。つまり、健康上の理由ではない。自分が楽になればよいというのではない。

陛下が気にしているのは、「自分が危篤や崩御すると、日本社会全体が娯楽などを自粛したり、喪に服することで、日本社会が停滞する」。それを憂慮されているのだ。




ワールドカップ予選の日本vsタイの試合でも、先に亡くなられた国王の喪に服するために、タイの国民たちは応援を自粛するのだという。
喪に服することで、国民の一体感を確認することを、私は必ずしも悪いことだとは思わない。
ただし、そうした事態を発生させる本人としては、「私などにかまわず、普段と同じに過ごしてくれ」と思う気持ちを理解するのだ。

そんなことも分からない有識者たちが、果たして有識者と呼べるのか。
結局は、お偉いさんたちの集まりということでしかないのだろう。



孔子が真っ先に取り組んだのは、喪に服する期間の短縮だったと記憶する。陛下の気持ちは、日本社会にとって、きわめて重要である。

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2016年11月10日

東京デザインウィークに…。

三年前、娘が関係者から無料入場券をもらったので、出かけたことがある。

今回の悲しい出来事は、誰でも危険だと分かる幼稚な出来事。ニュースバラエティーが検証したら、5分も待たずに発火した。

東京工業大学の学生だというが、ありえない。つーか、私が出かけた時にも、似たようなことがあった。

トラックのコンテナのようなブースの中で、3Dプリンターを使用していた。ブース内に揮発した化学物質が蔓延していたのを感じたので、対策をとるべきであるとアドバイスをしたが、反応はなかった。
長い時間、この場所にいたら、体調を崩すに違いない。

今回の事案でも、事前に危険性を感じた人が当事者たちに指摘したというが、無視されたという。
きっと、参加者たちは、デザインにしか興味がないのだろう。



娘に、今回の事件を伝えると(広告代理店の力なのか、イベントの名称がストレートニュースで明かされていない)、「アートとデザインの違いについて、教えてくれたよね」と。

アートとは、「人間や環境の存在を表現するもの」であって、
デザインは、「意味を表現するもの」である。
つまり、「意味の不在」は、アートではない。



今回の木製ジャングルジムとおがくずをハイブリッドした作品が、何を表現していたかかと考えると、恐ろしい。

まさに、デザインを越えたアートである。
posted by スポンタ at 13:33| 東京 ☀| Comment(0) | メディアウォッチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年11月07日

あべの辻調理専門学校の料理番組。

麻婆豆腐の回を、娘が丹念に観て、豆腐を下ゆですると、豆腐がシマり、崩れにくくなると、感心していた。

曰く、「料理はレシピではない」。

さて、その話を聞いた妻、「私は、電子レンジでチンする」とか。
ふむ。
さすが…。



本格中華料理人には、電子レンジという選択肢はないのだろう。

そう思うと、フランス料理の回で、ミキサーを使う時、必ず、ミキサーがあれば…。と、ただしているのに気がつく。
本格フランス料理では、ミキサーを使って、下拵えをしてはならぬのだろう。
posted by スポンタ at 04:44| 東京 ☀| Comment(0) | スポンタと娘…。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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