2016年06月29日

砲丸・室伏氏の意地悪。

NHKのスポーツニュースを見ていて、キャスターが「金メダルを取るためのコツは何ですか?」と尋ねたら、砲丸・室伏氏は、「それは、自分で見つけてほしい」と語った。

100メートルのケンブリッジ飛鳥選手に対して…。

私は、「アホか」。または、「意地悪」と思った。

「彼が見つけたもの」が特別なもの。もしくは、彼にしか妥当性がないもの。だとしても、それを後輩のために、情報を公開して、室伏広治という個性において最適であったが、それが一般的な妥当性を持つとは限らない。と示唆すべきであった。

つまり、「自分で見つけてほしい」というのは、彼が教育者だとするならば、過去の歴史を否定するものであり、あってはならない。



彼は、アスリートとしては偉大なのかもしれないが、今後については、「?」である。
少なくとも、現時点では、指導者としては、「×」であろう。

勿論、彼の父親との関係が、そのような境涯に陥らせたとしても、それを「客観視」できなければ、大人ではない。
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2016年06月28日

英国のEU離脱という意志決定。

国民投票がなされてから、離脱に投票した人たちが「離脱に投票したが、バランス感覚から反対しただけで、離脱することを望んではいなかった」と告白する人が多いと言う。

以前、娘が「意志決定論」を学んだ頃、講師は、合理的で妥当性のある「意志決定のプロセス」を提示していたが、それを聞いた私の結論は、
「大きな意志決定をしないこと」が、もっとも重要だということだった。勿論、娘はそんな私の意見を無視し、講師の意図に従う課題を提出し、単位を得た…。

英国は代議員制であり、その意志は「存続」だったという。
したがって、「国民投票」の意志と「代議員制」の意志は異なっている。
間接民主主義と、直接民主主義を比べる場合、直接民主主義を優先すべきという規範が確立されているのだろうか。


結局のところ、直近の意志決定が国民投票であるというだけなのかもしれない。



大きな意志決定をしない。
というのは、たとえば、突然「私は俳優になる」と宣言して、勤め先を辞めるのではなく、まず、アマチュア俳優をやってみて、「自分に特性があるのか」を確かめ、小さな意志決定をしていき、実績を積んでいけ、ということだ。

PDCAサイクルの場合も、その目標は、「サイクルを速く廻せ」と言うのが勘所であって、プラン・ドゥ・チェック・ドゥのそれぞれを適正化するのが最重要というのではない。
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2016年06月26日

「人に笑われてきた悔しい歴史」

という話を、イチロー選手がしたとか。

マナリーズや、ヤンキースは勿論、三重の地元にいた時から、イチロー氏への逆風は、大きかったのだろう。

とはいえ、ひねくれものの私からいえば、「悪名は無名に勝る」。
反発するような外野がいたからこそ…。


などと、うそぶいてもみる。
('◇')ゞ
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2016年06月23日

鳩山弟氏、逝く。

死因は十二指腸潰瘍だというが、直接の病気がそれであって、何か重大な病気を抱えていたのかもしれない。

政治家が亡くなると、謀殺されたのではないかと勘ぐりたくもなるが、今回はどうだろうか。彼が若き日に秘書をつとめた田中角栄氏と同じような…。



謀殺されるパターンを以下のように考えている。

・闇の勢力に「長い間、荷担していた」が、距離をおいたり、反旗を翻す可能性がある場合。(口封じ)

・闇の勢力「ターゲット」をコントロールしたい場合。(脅し)


つまりは、暴力団の抗争のような「報復・復讐」などの感情は関係ない。
政治家・有名人などさまざまな対象があるだろうが、軍隊にも等しい組織が実行すれば、情報が外に出てくることはありえない。


3億円事件や、日航機墜落事故なども、軍隊レベルの組織が荷担した可能性が高く、情報が漏れることはない。

今回の鳩山弟氏に関して裏の事情は知らないが、小沢一郎氏が、いまだに存命なところを見ると、「謀殺ではない」と想像するのだが、素人の意見にすぎない。



政治家一家に生まれ、常にトップを走った彼は、料理や蝶を趣味とした愛すべき人格。若干、早世ではあるが、堂々たる人生であり、拍手を送るべきである。

合掌。
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2016年06月20日

クレショフ効果。

アマゾンのコマーシャルである。

家族に赤ん坊がやってきて、疎外感を感じる犬の物語。

赤ん坊がライオンのぬいぐるみに興味を持つと、この家の主は、タテガミをアマゾンで注文し、犬につけてあげる。
すると、赤ん坊と犬は打ち解けることができた。

新しい家族の誕生。感動のストーリーである。




私が注目するのは、「犬」は演技をしているのではないこと。
つまり、「阻害されている」と感じているのは、観客の私であって、犬ではない。

鑑賞者の感情は、編集によってねつ造される。それがクレショフ効果。モンタージュ理論である。



これは、表象を考える上でも、わかりやすい。というか、自分の心理を中心に物事を考えすぎる向きには、きわめて示唆的である。
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2016年06月19日

テレビは「昼の演劇」である。

放送大学の青山昌文教授は、「ギリシア演劇」は昼間開催され、観劇は市民の義務だった。と指摘する。

昼間の演劇とは、何か。

古代国家の市民感情を一体化するために、「英雄を扱った悲劇や、愚者を扱った喜劇」が営まれた。
当時の演劇は、参政や法治と同じく、市民にとって重要な要素であり、演劇によって、「市民としての実感」を持った人たちが、徴税や徴兵に応じたのである。


勿論、市民たちを楽しませなければ、演劇の効果は少ない。そこで、作劇法も開発されていったに違いない。

たぶん、当初は降霊など宗教的儀式だったのかもしれないが、次第に、演劇的側面が増えていったのかもしれない。



他民族国家(植民地の宗主国)では、そのように(演劇を含めた)芸術の社会的な価値は高い。単一民族の日本では、あらかじめ民族的な一体感があるので、芸術にそのような価値を求める必要はない。

西洋諸国に比べて、日本の芸術への公的資金の供与が少ないのは、そうした文化的な背景がある。けっして、芸術に対する理解の差などではない。続きを読む
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2016年06月16日

難解であること。

娘が、昨年のとある卒業論文を持ってきた。

卒論の著者は、現実に対する違和感を、「異化」におきかえ、小説を異化するメディアとして論述を展開する。しかし、異化から、構造論、脱構築へと至った現代思想を思えば、異化にとどまるのは浅薄である。なぜなら、現代思想の根底には、ロゴスへの不信がある。したがって、小説に価値を求めるようなことはできない。

私には、査読官もそのことに気がついていないと思えてくる。でなければ、論文の内容はこうはならないし、優秀卒論として、印刷され、キャンパスに置かれるようなこともない。
というか、文系学者は、ロゴスを否定できない。



娘が友人に、難解なことを言う人はすごいとの意を受けて、本当にすごい人は、難解なことをわかりやすく言える人だと訂正した。
友人は納得したというが、我が意を得たりである。



当該論文は、難解な用語を使うために、本人の理解が表面的になり、本質的な理解をせぬまま、論理を展開してしまった。
それぞれの難解用語の解釈は多様だから、解釈の違いによって、かならずしも間違いとはいえない。曖昧性が排除できぬため、論文全体の価値を低めている。



結局のところ、現代思想の用語を使うなら、近代主観主義の「新しいものにこそ価値がある」という妄念を越えるところから、出発しなければならない。
そして、異化などという戦後の争点に注目するなど、あまりに古すぎる。
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2016年06月15日

絶対と相対。

舛添氏は、正月の温泉旅行について、政治家としての機微から、政務をした相手の名を明かせないと証言した。

それにつき、都議会議員は、それ以上突っ込むことをしなかったのは、残念である。



ことの問題は、「都民への説明責任」と「政治家としての機微」を比べて、「政治家としての機微」の方が重要と考えたことである。
そのあたりを都議会議員が問いただせばよかった。

「都民」と「政治家としての私」を秤にかけて、「政治家としての私」を取った。これはあってはならない。




私はかねてから、「忙しい」とは、当事者にとって、当該案件の重要度が低い。ということであって、絶対的な「忙しい」などという状況は存在しないと解説し、反論されたことはない。


どんなに忙しい人であっても、大切な人の通夜には、全員集合となるのだから…。
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2016年06月14日

舛添氏の死生観。

「朝まで生テレビ」で、彼は、外来的出自を持ち、日本社会・文化に同化したことを告白していたという。

今回の彼の「辞任せず」騒動を思うに、そのような出自を感じてしまうのは、私だけだろうか。

この国の死生観では、死に至る前に、「もはやこれまで」という決断がある。舛添氏には、そのような処世の美学があるとは思えない。
posted by スポンタ at 22:17| 東京 ☁| Comment(0) | メディアウォッチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年06月12日

反パパラッチなウェブ活動はできぬものか…。



こんなウェブ記事があった。

それでも取材が続いていることから、会見翌日のきょうも「度々申し訳ありません。マスコミの方々へ」とのエントリーで更新。「命に関わることなのです。御理解ください。今日もマオの実家や周辺での取材、カメラでの盗撮?の様な行為はお控えください、お願いします」と訴えた。

「マスコミの方々もお仕事である事は重々承知しておりますが」と理解を示した上で「人の命に関わることです。よろしくお願いします。マオ本人の負担になるような撮影はやめてください。本当によろしくお願いします。よろしくお願いします。静かに見守って頂きたいです」と呼びかけている。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160610-00000364-oric-ent


「24時間マラソンが、ズルをしていないか」を監視するウェブ活動があるが、海老蔵氏の懇願に従わないマスコミを、ウェブ活動がやり玉にあげてもよい。と、思っている。

私が、彼の近所に住んでいたら、当然のように、張り込んでいる人たちの所属会社を聞き、ウェブにアップすると思う。

コミュニティーの自浄作用とは、そういうことだと思う。



今回は、人命とこどもが関わっており、すべてをさらけ出した彼らを、人気商売であることを差っ引いても、手を差し伸べてあげたいと単純に思う。



芸能ニュースには、不倫報道の是非もある。今回のことが、「日本人の良識」として、批判の対象にならぬことがおかしい。
と、思うのだが…。

「ゲスな商売をする奴」がいても仕方がない。でも、世の中はそいつらを「ゲスだ」と糾弾すべきである。
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2016年06月11日

海老蔵ブログの実際…。

既報なので詳細は必要ないと思うが、ここで気づくべきなのは、個人がメディアを持っていたとしても、日常のすべてを記述するのではない。ということだ。

1年8ヶ月の間、厳しい日常を繰り返していたとは、明るいブログの話題とは対照的である。




細君は「私は前向きです」とのメッセージを旧職場に送ったというが、それは、「前向き」と「非前向き」の間を揺れながら、日々過ごしていることだろう。



それにしても、情報バラエティーの取り上げ量は、異様に多い。
舛添関連に飽きているとしても、多すぎる。

都知事の居直りの追い風になるとは思わないし、それをマスコミが望んでいるとも思わないが…。
posted by スポンタ at 08:39| 東京 ☀| Comment(0) | メディアウォッチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年06月06日

消費税に関する世相操作。

安倍首相が、消費税の導入を延期して、それを財務大臣が反対する。などということが起きている。

その構造によって、「消費税の増税が正義である」との世相が形成されつつある。

これは、とても分かりやすい世相操作である。




森元首相は「ひからびたチーズ事件」が、「演劇的な表現」であって、出来レースだったことを、暴露しているが、同様なことが、繰り返されているのである。

※ ひからびたチーズ事件とは、小泉首相から、「怒って退席した」と振る舞ってほしいと懇願され、森氏は、ひからびたチーズに憤慨したと発言した事件。



同様に、「三菱自動車が、燃費の情報を操作していた」との日産自動車の告発から、「三菱自動車が、日産自動車傘下に入る」というのも、明らかに、出来レースであって、世相誘導であるに違いない。


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2016年06月03日

アマゾンの書評欄に書き込んだ。

http://www.amazon.co.jp/%E7%9F%A5%E3%81%AE%E5%AD%A6%E3%81%A8%E3%81%97%E3%81%A6%E3%81%AE%E5%9B%BD%E8%AA%9E%E2%80%95%E9%9B%A3%E9%96%A2%E5%A4%A7%E5%AD%A6%E5%85%A5%E8%A9%A6%E5%95%8F%E9%A1%8C%E3%81%AE%E8%A7%A3%E6%9E%90-%E6%9D%BE%E6%9C%AC-%E6%88%90%E4%BA%8C/dp/4876478317

最難関私学の慶應義塾が、現代国語を試験科目として採用していない理由は、英語の試験で「語学力・論理的構成力は測れる」との理由があるようだが、そのことは、現代国語の試験で図られる国語力が「高度化しすぎている」ことの反映でもあろう。

そのような現状を憂えて、著者は、「国語(言語)研究者が、何を日々考えているのか」を誠実に記そうとしている。著者が「学者たちの言説」を書かなければならなかったのは、おおよそ文系の学者たちが念頭においている「言語学・記号論・構造論などの研究」が、小学校から始まる伝統的な国語教育とは不連続であり、表象論など高校までの学習内容を否定しかねないものさえあるから。
著者は、大学受験の参考書であることを言い訳にして、(国語の専門家ではない)高校生にも分かることを目指して、先端の研究成果から、きわめて大胆に、最重要事項を要約し、提示する。
つまり、著者は「衒学的」とは正反対の立場であって、その切れ味をこそ、楽しむべきなのが、この本である。

「大学に合格すること」だけを目標に、この本を読むのなら、この本は見当違いになるであろう。しかし、文系学問の大枠を知るためには、本著は恰好の題材となる。つまり、元高校教諭である著者は、大学入試をゴールではなく、学問のスタートとして捉えている。
禁じ手ともいえる、A社とB社の模範解答の添削をおこなっているところなど、著者の勇気はたたえられてこそあれ、批判されるべきではない。
posted by スポンタ at 08:16| 東京 ☀| Comment(0) | ネットウォッチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年06月01日

進路指導。

高校の部活の先輩とメールでのやりとりの話である。

早稲田のハイソの部長をした先輩が、「プロになりたい」と言った時、部活の顧問は、「早稲田の○○ではなく、六大学の○○でなければダメ」と言い、プロになることを薦めなかった、とか。

続きを読む
posted by スポンタ at 06:46| 東京 ☁| Comment(0) | スポンタと娘…。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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