2016年05月31日

芸の極意。

笑点の司会者・新メンバーが話題になっているので、芸術を真剣に考える私は、落語家たちの芸の極意について、ちょっと書いておく。

不治の病になった師匠に付き添う弟子は、師匠からの「奥義の直伝」が、いつ来るのかと、日々、待ち続けるものらしい。続きを読む
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2016年05月30日

カール・ポパーの哲学。

さて、高校の部活の顧問が描いた現代文の研究本を読んでいる。

アメリカの哲学のパースは、論理の展開には、次の三つがあるといったそうな。

・帰納(現象→法則)
・演繹(法則→実践)
・アブダクション(仮説推論) 
※ 仮説は、証明・実証なのに、推論ってところが気になる。


仮説推論とは、Wikipediaによると以下。

庭の芝が濡れていた。
そこで、昨夜雨が降った。夜露。誰がが水まきをした。
という仮説を立てた。そこから推論をする。


娘に教授すると、納得するとともに、ゼミの友達とも共有したとか。
しかし、部活顧問の本には、アブダクションではなく、「仮説演繹」とある。

仮説証明と仮説推論、
ではなく、仮説演繹?

ということで、仮説演繹を提唱したカール・ホッパーのWikipediaを閲覧してみる。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AB%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%83%9D%E3%83%91%E3%83%BC続きを読む
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2016年05月27日

平田オリザ批判。

放送大学の青山昌文教授によれば、ギリシア演劇は、「昼の演劇」であって、今日の演劇のような、「個人が、趣味嗜好のために観る」というものではなく、すべての市民が観るものであって、「演劇を観ること」は市民としての義務でもあった。と。続きを読む
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2016年05月22日

緒形拳氏の演技術。

俳優の石黒賢氏がインタビュー番組に出演していて、新人時代の自分は、先輩からのアドバイスもあって、本番で最高の演技ができるように、リハーサルでは控えめに演技をしていたが、初めて共演した緒形拳氏が、本読みの段階から、「ホンイキ」であり、号泣する演技を繰り返していることに驚いた、とか。
緒形氏の演技に接して、本番のために「出し惜しみ」をしている自分を「みみっちい」と感じ、考えを改めた…。

ご存じのように、緒形拳氏は「新国劇」出身の俳優であり、同じ演技を何度もする演技を体得している俳優である。

石黒氏の感慨は「没入型」の演技術の欠点を示しており、青春期から舞台で学んだ緒形氏の演技術は大きく異なる。「ホンイキ」で何度も演技できるのが、本物の俳優である。
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2016年05月20日

グルーヴとは…。

娘が、グルーヴについて分からないというので、書き留めておく。

一言でいうと、「タイムがなければ、グルーヴは発生しない」。

日本の伝統音楽の一部(常磐津・木遣り)には、タイムという概念がないので、グルーヴは存在しない。(日本の伝統的な時間感覚は「間」)

※ ただし、日本の民謡(作業時に使われる)には、拍の概念もある。

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2016年05月18日

追悼、蜷川幸雄氏…。


追悼特集で過去の稽古風景が映され、藤原竜也氏に「内面を追うと、外に届かない。外ばかり気にすると、中が空っぽになる」と言った。
そして、少したってから、「俺もお前と一緒に崖から落ちてやるから、とりあえずやれ」と…。


泣かせる言葉である。

「いま理解できないなら、理解しなくてもかまわない。でも、いつか理解できる時がくるから、安心しろ」。と言われた藤原氏は、最近、昔の稽古の録音を公園で聞いたが、ダメだしの連続に意気消沈したと、弔辞で告白する。続きを読む
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教育者のだめさ。

映像制作に関する放送大学の講義を観ているが、教育者のダメさ、理論家のダメさを痛感する。

理論は理論であり、創作には創作の事情がある。
できあがったものを理論に当てはめるのが、理論家の仕事ではあるが、創作者は、理論を気にしながら創作をしているのではない。


これは、重要である。続きを読む
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2016年05月16日

演出家の仕事のひとつは、名優を輩出することである。

とすれば、何故、藤原竜也はダメなのか。ということになる。もし、彼がダメなのだとしたら、蜷川幸雄氏がダメということだろう。続きを読む
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2016年05月15日

アリストテレス的、プラトン的とは…。

先日は、アポロン的とディオニュソス的について裁断的に提示した。

アポロン的とは、この世界の「本質・存在」を表現すること。
具体的には、「無常」を表現する日本の芸術。バッハ、ワーグナー、シェーンベルグ

ディオニュソス的とは、鑑賞者の感情をゆさぶることを、芸術の目的とすること。
具体的には、チャイコフスキー、ヨハン・シュトラウス…。

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2016年05月14日

昭和の巨匠たちが、死ぬ前にすべきこと。

昭和の巨匠たちが亡くなっていくが、彼らのほとんどが、死ぬ前にすべきことをしていないと、私は感じている。

彼らが、自己批判しないで、逝ってしまうので、世の中は、昭和のまま、宙ぶらりんである。
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2016年05月13日

演出家・蜷川幸雄氏、逝く。

演出家というと、何か奇抜なこと・特別なことをすると思っている人が多いと思うが、優秀な演出家は、「誰もが思うような、当然のこと」を、ねばり強く指摘し続ける人のことである。

ひどい言い方をすれば、宝塚歌劇団には、そういう演出家がいないから、あのようなかたちになってしまったのかもしれない…。

テレビドキュメンタリーで観た蜷川氏の稽古では、「セリフが一本調子になっている」と主演俳優に叱咤していた。続きを読む
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2016年05月11日

マービン・ミンスキーの時代が終わる…。

「人工知能の父」と呼ばれたマービン・ミンスキーが88歳で1月に亡くなっている。
とある学会誌に、彼の特集があり、MITメディアラボで3月17日に追悼式典が開かれたという。

私は門外漢だが、
1956年のダートマス会議が、人工知能の研究が始まったに等しい重要なイベントであり、20代で、彼は出席したのであって、彼の逝去によって、その世代の時代が終わった。

ミンスキーは、「2001年宇宙の旅」の科学監修者をつとめたのだとか…。
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2016年05月09日

【ジャズ初心者の若い人たちへのメッセージ。】

ジャズは、「聴けばよい」。何度も、そうすれば、自分が好きなジャズが見つかる。ジャズヴォーカルの魅力は、「声の魅力」…。
(FM東京のゴールデンウィークのジャズの特別番組にて)


との発言があった。

素直でもっともらしい発言。とはいえ、それでよいのだろうか…。
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2016年05月08日

アポロン的・ディオニソス的。

青山昌文教授の大学院の教科書「美学・芸術学研究」を読んでいる。

音楽の話題では、中世の音楽観として、以下をあげている。

1、宇宙の音楽
2、魂の音楽
3、器官の音楽

このうち、音を伴っているのは、3だけ。
つまり、1と2は、バイブレーションというようなものか。

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2016年05月07日

ディドロの演技論。(役になりきるはダメ)

青山昌文教授の大学院の教科書を読んでいるが、革命的なことが書いてあるので、披露しておく。はっきりいってしまえば、アクターズ・スチューディオのシステムは間違っている。ということ。

メソッド演技を簡単に説明すると、演じる役柄になるため、その役を徹底的に調査し、俳優が「その役になりきる」ことを理想とする。

しかし、それが間違っていることを、私はすでに指摘している。
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2016年05月06日

「現代(ポストモダン)」の美学・芸術学。

青山昌文先生の美学・芸術学の教科書を読んでいる。



近代は、封建主義の後の時代であり、現代もモダニズムが続いていると考えているかもしれない。

しかし、社会主義体制が崩壊し、「進化論な歴史観」の妥当性のなさを誰もが確信し、「産業革命・市場経済」が自然破壊を繰り返し、全世界の人たちが「絶望的な現代」を痛感しているなら、現代は、モダニズムの時代ではない。

つまり、平成の今は、ポストモダンなのだ。




モダニズムは、宗教の時代を終わらせ、主観主義の時代が始まる。

ならば、平成の今は、「主観主義の時代」が終わったことになる。

つまりは、ドイツ観念論・実存主義が提唱した「認識の先に、実在がある」のは虚構だということが確実となり、「実在は、認識に優先する」というギリシア以来の当然の世界観がよみがえったことになる。



なんて、実感がありますか?
皆様。
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2016年05月03日

先輩の意地悪。

娘もはや大学4年生。
後輩たちが、娘の専門分野に関して議論したので、娘は、その浅さを指摘したという。補助講師の人は、「もっと勉強しなさい」と言ったとか。

私は娘を痛烈に批判した。
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2016年05月02日

企画会議の戦略。

企画は、内容ではなく、発信者の立場によって決まる。

新人の企画が採用されるのは、「時間ぎりぎりの土壇場」でしかない。

企画会議は、パロール(話し言葉)で行われる。エクリチュール(書き言葉)は、第二議である。
パロールとエクリチュールの差は大きい。



新人の立場なら、企画会議で、自分の一番の企画を提案するのは不利だ。なぜなら、誰かが、必ず批判をするから。

発言しなければ、「誰も批判できない」。そして、あとで、こそっと、企画書を提出する。これならば、「批判のない状況」で、各自が企画書を読むことになる。

基本的に、企画書など、誰も読まないにしても…。
(読まないが、タイトル・見出し・リード文は読むかもしれない。または、読まれることを期待できる。)

posted by スポンタ at 00:14| 東京 ☀| Comment(0) | リアルウォッチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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