2016年03月07日

笹川良一氏を礼賛する。

笹川良一氏の社会奉仕活動

日本船舶振興会の活動により社会奉仕活動家として知られ、振興会の支援を通して、船舶・造船事業の振興、海運安全の推進、福祉・国際援助活動、各種武道・スポーツ団体への協力などさまざまな慈善事業を推し進めていった。

日本船舶振興会のテレビコマーシャルに自ら出演。子供たちとの「一日一善」の掛け声や社会奉仕活動の模様が紹介された。なお高見山(高見山の後援会長でもあった)[注釈 8]、山本直純、子供たちと共に「一日一善」等のシーンは1975年(昭和50年)から会長を務めた財団法人日本防火協会(現・公益財団法人日本防火・防災協会)のCMにも使われた。CM全体のイメージが日本船舶振興会のそれとほぼ共通であったため混同されがちである。
ちなみに同協会でCMを流していたのは、笹川の在任期間とほぼ同じ1976年(昭和51年)から1994年(平成6年)まで。

ちなみに1970年代後半頃はその「一日一善」のCMは、曜日ごとに内容が変わる“曜日変わりバージョン”も存在した。この時期に小中学生であった者にとって、笹川良一は「一日一善」若しくは「『戸締まり用心、火の用心』のおじいさん」として認識されていた。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%AC%B9%E5%B7%9D%E8%89%AF%E4%B8%80


昔、船の科学館に行って、笹川氏が、母を背負って、金比羅さんの階段を登っている絵を見て、苦笑とした記憶がある。

「お父さん、お母さんを大切にしよう」と当然のことを言う、自己顕示欲の強いお爺さんという印象である。

しかし、今、冷静に笹川氏の行動を分析すると、ゲマインシャフト(伝統的社会)を、アメリカが崩壊させ、ゲゼルシャフト(利益追求社会)にしようという目論見に、果敢に、反旗を翻していたことになる。

今、私が思うのは、笹川氏の「一日一善」・「お父さん、お母さんを大切にしよう」は、モハメド・アリ戦で、アントニオ猪木がとった、寝転び戦法と同じであること。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%B3%E3%83%88%E3%83%8B%E3%82%AA%E7%8C%AA%E6%9C%A8%E5%AF%BE%E3%83%A2%E3%83%8F%E3%83%A1%E3%83%89%E3%83%BB%E3%82%A2%E3%83%AA



つまり、対戦前、アリ陣営から、「手足の3点をマットにつけている状態でないと、攻撃してはならぬ。それを破ったら、狙撃・射殺する」と、無理難題な「秘密のルール」を強制されていたから…。

何も知らぬ格闘技ファンは、事情を知らないから、アントニオ猪木が、アリのパンチを恐れた戦法と、批判したのだが、アントニオ猪木は、秘密をもらさないまま、今に至っている。



笹川氏は、アメリカの攻勢に、ギリギリの戦法を取った。
それが「お父さん・お母さんを大切にしよう」。昭和の時代に「攘夷」を叫ぶわけにもいかぬ…。

笹川良一氏は、ファシスト・国粋主義者・愛国主義者など、さまざまなに形容される。

しかし、それは「外国勢力の侵入・侵略」に対する抵抗であって、ムッソリーニやヒットラーと違って、その手法が「慈善事業」というのは、独創的であり、画期的である。

現在も、「外国勢力の日本支配」は続いているので、笹川氏が礼賛されることは今後もないだろうが、そういうことである。


posted by スポンタ at 07:07| 東京 ☀| Comment(0) | スポンタ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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