2016年02月20日

アドラー。

承認要求。

つまり、親に甘やかされて育ったこどもは、「親に認めらたい欲求」が強いので…。ということ。

おねしょは、おねしょすることで、親の注目を独占するという目的のもとに繰り返される。



そのためには、「課題の分離」が必要で…。

つまり、親は「子の課題」を自分の課題であると勘違いしてはならないし、子も「親の欲求」を満たすために、人生を過ごしてはいけない。とのこと。



さて、私はどうか…。

と、反省してみるが、私は「無名なシナリオライター」なので、
イメージの中で、娘のキャラクターになって、そのキャラクターがハッピーになれるようなストーリーをイメージして、アドバイスしてきた。

したがって、私の中には「親としてのアイデンティティー」はない。

とはいえ、そのような所作をする動機こそが、「子の課題」を自らのものにしているということにならないではない…。



先日も、娘に、これまでの20余年の人生は、おもしろかっただろう…。と、話した。

だが、私はシナリオライターなので、主人公がハッピーでは物語はつまらない。ドラマチックということなのかも。

私は、結果、そういうアドバイスを、暗黙の意志で、娘の人生を導いてきたのかもしれない。
とはいえ、娘は娘で、平穏・安逸な人生なら、「(生まれる前の)天国にいる状況」と同じ。なんて、うそぶく…。



映画学校で学んだ大庭秀雄監督(松竹映画「君の名は」「雪国」が代表作)は、弟子の大島渚監督の結婚式で、「作品はヌーベルバーグ(新しい波・過激な映画)でもよいが、家庭は大船調(小津安二郎監督作品に象徴される安逸な家庭映画のスタイル)で…」とスピーチしたというが、ま、そんな感じ。
posted by スポンタ at 00:00| 東京 ☀| Comment(0) | ネットウォッチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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