2016年02月04日

J-POPが日本の音楽界にしたこと。

亀田音楽専門学校。

亀田ベーシストのNHKの番組での言説を鵜呑みにする人が、全国に広がると思うので、指摘したい。



J-POPという概念の登場によって、何が起きたか? といえば、「西洋音楽」と「日本の擬似西洋音楽」が切り分けられた。ということである。

Popular Musicを略して、Popだが、そこには、POP。つまり、ハジケルという含意がある。そういうものを目指さなくてもいい。そういう意味がJ-POPにはある。




ローリング・ストーンズのミック・ジャガー氏は、「ロックは若さや勢いでできるんだけど、ロールはダメなんだよね」と発言している。

このロールとは、「グルーヴ」であり、そのためには、「堅調なタイム感」が必要である。
つまり、タイム感があり、それとアイソレーション(孤立して、独立して)音出しのタイミングずらす、グルーヴできることが、「ロール」の条件である。


亀田氏のベースプレイは、「音数を増やすこと」でテクニックを装うが、タイム感がなく、音出しに、タイムとのアイソレーションを感じさせない。だが、それは「日本風のポップスだら、それでいいんだよ」というのが、J-POPの真相である。

名ドラマー・スティーブ・ガッドは、太鼓一発でも、グルーヴを感じさせる。



音楽の醍醐味は、演奏者同士のコール&レスポンス(呼応・対話)である。
しかし、タイム感を持たない演奏者間では、コール&レスポンスは成立しない。


タイム感という感覚を持つと、タイム感のない演奏。たとえば、小澤征爾氏や佐渡裕氏が指揮する演奏を「聴くに耐えない演奏」と感じるようになる。その視点では、関西学生吹奏楽会の名指導者・丸ちゃん先生の素晴らしさが理解できる。

私は、高校時代。「何故、吹奏楽は二流の音楽なのか?」と疑問に思っていたが、その実相は、「吹奏楽者たちがやる、ポピュラー音楽は、アンサンブル的なため、コール&レスポンスを発生しないから」と、30年後に理解するようになる。

その感覚によって、初めて、「何故、グレングールドや、リヒテルが評価されるのか…」が理解できた。



テレビを観ていると、「グルーヴできない人達」が悲鳴のように、自己の理論を開陳しているような印象がある。

その一方で、「グルーヴできる人達」は、孤高を誇り、自らの能力を誇らない。


そんな状況を、一般の視聴者は、まったく知ることができないのが、悲しい2016年のテレビである。
(^▽^;)



日本のジャズ界も同様であり、現在のジャズ界の重鎮である瀬川昌久氏が、グルーヴを理解しないのが、もっともダメなこと。

先日、娘が、駅で、エリック宮代氏を見かけたが、歩いてる時、グルーヴしていなかったとか…。ま、そんな感じ。
(^▽^;)
posted by スポンタ at 08:15| 東京 ☁| Comment(0) | メディアウォッチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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