2020年01月27日

本田佳祐様。spontaとは誰か?

#本田圭佑 #OneTokyo

公開メールということで、さまざまな人にコンタクトを試みているが、リターンは皆無である。

「愛読者1号」さんによれば、

・ウェブ者は信用できない。有象無象。

との印象が大きいだろう。とのこと。
ま、そんなことだろう。つか、間違っていない。

サッカー界の世界的な有名人に、

・あなたは間違っている。

と、コンタクトしたのだから、

・ストーカー。

・売名者

と思われても致し方ない。

だが、spontaは、「真実の奴隷」である。
そんなことでメゲナイ。

ウェブで「ストーカー被害を受けた」と裁判沙汰にする人もいるが、所詮、ウェブは「バーチャル」。架空なのであって、spontaも有象無象の輩なのだ。

つーことで、spontaとは誰か?

思想の背景にある実体験は何か?


本田佳祐氏のサッカーチーム(One Tokyo)のサイトにコメントしたが、ご本人が読んでいるとは限らない。そうは思えない。
そこで、彼の周囲の人たちに向けて端的に記す。

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2020年01月26日

(陰謀論ではなく)稗史論。

私は、太田龍氏など陰謀系の書籍を乱読していた時期があるが、「陰謀論の評判」はことの他わるい。

たとえば、レバノンのゴーン氏は、

・日産の日本人たちの陰謀で、犯罪者に仕立てられた。

と口にする。

陰謀論の最たるものは、

・JFK暗殺の背後にCIAがいる。

ではないか。
そして、

・9.11がアメリカの自作自演。

など・・・。


spontaは、「陰謀論者」を自認していたが、これからは「稗史論者」になろうと思う。

・正史(勝った人たちの歴史・価値観)

・稗史(はいし・負けた人たちの歴史・価値観)


勝った人たちは弥生人であり、負けた人たちは縄文人である。

負けた人たちは江戸時代の日本人たちであり、勝った人たちは西洋文明な人たちである。

勝った人たちは「(西欧金融に支配された)中央集権な日本を設計した人たち」であり、負けた人たちは「(ドメスティックな)地方な人たち」である。

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2020年01月25日

青学・原晋監督のリアリズム。

連覇が途切れていたが、一度の敗北を経て、復活優勝した。

原監督曰く、

・学生たちに「覚悟」を求めた。

今年の4年生は「ダメダメ世代」とのことで、

・結果が出ない。
・練習しない。
・私生活が乱れている。
・規律を守らない。

それが、飲酒問題で数人が退部した後、4年生たちは覚悟を決め、夏休み以降結束したのだとか。

「覚悟」とは何か−−−。

私が思うに、「(よいこの振る舞いとしての)決心」ではない。

こころのどこかに、自裁・自決を想定するのが「覚悟」ではないか。

ラグビー日本代表が「ワンチーム」にまとまったのは、「地獄の合宿を乗り越えた」からであって、青山学院駅伝部も、「4年生全員で辞めようか」と悩んだあげく、数人が退部した後、本物の「覚悟」が生まれたのだろう。
「ダメダメ」だったのは、

・怪我をしたから練習できない。
・練習できないから、結果が出ない。
・結果が出ないから、精神的に落ち込む。
・落ち込んでいるから、私生活が乱れる。
・私生活が乱れているから、規律が守れない。

ということであって、その状況を許したのは、彼ら(4年生たち)の忖度・優しさに他ならない。

「何人かを退部した・退部させた」した後、残った4年生たちに「覚悟」が生まれる。「残ったものの責任」として、意地でもやり抜く−−−。
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2020年01月24日

かつての担任教師・池端俊策先生脚本の「麒麟がくる」を批判する。

「麒麟がくる」第一回を批判する。


評価する場合、ネガティブチェックとポジティブチェックがある。

・ネガティブチェック= 悪いことがないかのチェック。

・ポジティブチェック= 良いところを見つけるチェック。

があるが、「良いところ」がほとんど見当たらない。

大島渚監督は、「いいシーンが2つあれば映画は成立する」と発言している。だが、この作品にその2つはあるのか。



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独学の非効率性。

2012.07.09に「独学はダメ」という記事をアップしている。

「独学はダメ」の理由は、教科書などのテキストは「読解が必要」であり、諸要素の重要度の勘案が希薄だから。

教師について教わるなら、教師は生徒に

・「授業時間の範囲」で「最重要項目を伝える」

これがすばらしい。


たとえば映画&ドラマ。

私は小津安二郎監督の弟子・井上和夫氏の授業を受けているが、週に一回・合計10度ほどの授業で、先生は最重要項目を教えてくれた。

・カットとカットの接着力は、「絵柄の違い」に従う。

・同サイズ・同ポジションは、けっして直結してはならない。

この「2つの原則」を知っていれば、

・カット割り仕方。

・撮影の仕方。

・編集の仕方。

を自分で編み出すことができる。

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2020年01月23日

ポストモダン・新古典主義(本ブログの基本スタンス)。

最近、本ブログのタイトルを「令和は、新古典主義の時代」としたが、ポストモダンでは、(門外漢には)意味が分かりにくいと思ったから。
単語の意味も「モダンの後」。つまり、まず、モダンを理解した後に、ポストモダンの意味を理解しなければならぬ。

そこで、「新古典時代」とタイトルを変え、「回帰的時代」ということを直感できるように変更・修正した。

具体的戻るべき時代とは、江戸時代だったり、信長以前の日本、ザビエルがやってくる前の日本、弥生人がやってくる前の日本。だったりする。

もちろん、「回帰する・戻る」とは、「進む時代」が終わったことを意味する。



その前のタイトル「ポストモダンのすすめ」は、明治維新の時に福沢諭吉翁の「学問のすすめ」が果たした役割を、令和時代に果たそうとしたもの。


私の歴史観に過ぎないが、

・「明治時代に始まった近代」は、昭和とともに1980年代に終了した。

・平成時代は、「近代から次の時代」への移行期だったが、令和時代になると、ポストモダン(新古典主義の時代)に戻らざるをえない。

※ ポストモダンとは、「モダンの後の時代」の意味だが、それは「モダンの前の時代に戻ること」。ただし、それは「中世に戻ること」ではないから、「新古典時代」とした。
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2020年01月22日

NHK「麒麟がくる」はどうよ?

国民的番組といえば、紅白歌合戦と大河ドラマ。

2019年末の「紅白歌合戦」は視聴率低迷し、昨年の大河「韋駄天」は、大河ドラマ史上最低の視聴率に陥った。

「紅白歌合戦」の低迷の原因は、「運動会の集団演技」に等しいアイドルグループたちが、「歌手のマーケット」を食いつぶしたことが一因ではないか。

・観たい歌手がいない。

なら、「紅白歌合戦」の視聴率が低迷するのは当然である。


一方の「韋駄天」。

「近現代を舞台にしたシリーズの視聴率が低迷する」のは分かっていたが、だからこそ、もっと「叙事詩的」に作るべきではなかったか。

「狂言回し」として落語家(北野武)を使い「虚構世界への導入部」とする手法は、「タイガー&ドラゴン」以来の脚本家ならではの手法。
だが、大河ドラマは「虚構の世界」につながっているのではなく、「歴史的事実(のようなもの)」につながっている。

つまりは、「これから嘘話が始まりますよ」と嘘芝居をすると「まどろっこしい」だけ。つか、「劇中劇と劇」の関係が、逆。

・一次劇 : 北野武演じる落語家のシーン

・二次劇(劇中劇) : 日本のオリンピック黎明期のドラマ

通常は、「一次劇」は、現実に近く、虚構度が低いのに、「韋駄天」では、その逆。

これでは、観客は「混乱する」。

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2020年01月21日

学習で利用できるツール類で、よく読まれる記事

2019年末、よく読まれる記事をまとめた。カテゴリーを越えて採録した。

1990年代以降ポストモダンの時代だが、アカデミズムの悪弊により、近代主観主義、思索事大主義が横行し、文系の技術が伝承されることはない。

ここでは、「かいつま(かいつまんで言う)」「真如(短い言葉で表現する)」の精神で、学習者の便利のために、解説した。

若い人や実務者は忙しく、「じっくり本を読んでいる暇」はない。さらに「読解する能力」もない。
したがって、「読むこと」は、「(本を書いたアカデミストに)君臨・洗脳されること」であり、価値はない。

「本を読め」などというモットモラシイことに従う先達に従う必要はない。
「本を読め」というのなら、その本の梗概・主旨・キーポイントを教えるべきである。

経済人類学の栗本慎一郎氏は、「マルクスの資本論」を「ダメだ」と要約・形容した。これにより、私の数十時間が節約できた。(感謝している)

娘の卒論に関連して指導教官はジル・ドゥルーズの「シネマ」を参考文献として挙げた。娘に読解力がないので、私が意味抽出を試みたが、その結論は「ファック」だった。フランスの哲学者は「映画をお題にして、自分の哲学を語った」のであって、何の価値もない。
溝口健二の映画に使われている劇の伴奏音楽を「彼のオリジナルと誤解した」のはその典型。溝口映画の劇伴は、歌舞伎のお囃子を援用したもの。そんな日本人なら「誰でも分かること」が訂正されていない。
映画の隣接芸術で重要なのは、誰が考えても「演劇&文学」。だが、哲学者が自説を展開するには不都合らしく、隣接芸術に関して一切触れていないのは噴飯もの。

「本を読め・読みなさい」とは、「読んだ・読まない」で相手を判断する「手抜き」・「意地悪」・「差別主義」である。

価値があるのは、「何を読み取ったか」であって、「読んだという事実」ではない。

年間300本映画を観たと豪語するような映画ファンのような、経験人数**人と誇るようなヤリチンのような愚鈍な精神・卑劣漢である。

映画学校入学時、読むべき小説を200ほど挙げられたが、「シナリオ実作の最中に読めるはずもない」。
結局のところ、過去の傑作たちから「実作の指導法を見つけられない」未熟な指導教官たちの「手抜き・神秘主義」である。

映画学校の同期で漫才でデビューした友人たち(ピックルス。ウッチャンナンチャンの先輩)がいた。ネタ作りに困った友人の勉強は、「古典落語」の採録本を図書館で借りてきて読むだけ。

今でこそ、吉本興業の養成所で教えられるような「専門用語」が巷間知られているが、30年以上前の当時は、「ボケとつっこみ」という用語さえ、素人にはあまり知られていなかった。

基本メソッドがあれば、論理的に新作を創造できる。「学ぶより、慣れろ」は、教師・先輩の意地悪である。

さらに言うと、「そのジャンルで、一番重要なこと」を一番最初に教えることが親切。

ドラム演奏で「一番重要なこと」。「(それがないと)プロで活動できない要件」は、「メトロノームのように正確にテンポを刻むこと」。だが、その技術は、「習熟度がすすむ」とマスターできない。

「プロになれるかどうかの評価基準」を知らず、「派手なドラムを叩くが、テンポキープができない」男の子が、プロを目指すが挫折し、青春の時間を徒費する。


そんな意地悪な日本を変えたい。
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2020年01月20日

子育て・娘関連で、よく読まれる記事

2019年末、よく読まれる記事をまとめた。以下は、子育て&娘関連編。


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2020年01月19日

独自論で、よく読まれる記事


2019年末、よく読まれる記事をまとめた。以下は、独自論編。
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